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ある日、接待で飲んで帰ったとき、通子が「あら、香水の匂いがするわ。あなた浮気をしてきたのじゃないでしょうね?」と言った。冗談だとは判っていた。が、接待が上手くいかなかったこともあり、爆発した。山本のことを一気にまくしたてた。通子は初め否定していたが、認めた。俺と結婚するまで関係が続いていたのだ。俺は追求したが、通子が否定し続けていれば信じただろう。山本があのとき作り話をしていていた、と思いたかった。
その後、俺たち夫婦はそのことを話題にしていない。だが、咽に刺さった棘のように残った。
真由美の口からでた山本の名前で、咽の棘はちくりと動いた。
たまに、会社で山本を見ることがある。いつも爽やかに挨拶をしてくる。だが、通子とのことで俺を嘲笑している、と思ってしまう。山本の自信に満ちた態度には嫉妬も感じる。山本は過去の女性関係をべらべら話すような下劣な男だ。俺はずーっと蔑んできた。その気持ちが、かろうじて俺を支えてきたのだ。
「ふぅ~ん、山本君がね」
俺はあまり関心を示さないような素振りをした。「で、何で僕に相談なのだね?」
真由美は、眼の高さに持ち上げたグラスを見ていたが、俺の方を向いた。
「課長、私、課長が総務課にいらしたとき、とても楽しかったの」
「ああ、僕も楽しかったよ」
「私の場合はね。私の、好きな、素敵な、上司が、いたから、なの」
え? 真由美は俺を好きだったのか。
「忘れた訳ではないでしょう? 居酒屋に連れて行っていただいた時、課長は私の理想の男性よ、と言ったわ。酔っていたわけでないのよ」
「うん、そりゃ覚えているさ」
まんざらでない気分だったことを思い出した。
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