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歌を辿る
暗い部屋を暗いまま、暗い廊下を暗いまま。電気も点けずに進んだ海斗は、なんとか誰にも気付かれずに家を出た。
うっすらとした月明かり。世界は不思議なほど、白と黒に包まれている。草も木も、土も空も。色のない世界が海斗を包み込む。
ガサッ。
「……っ!!」
唐突に聞こえた音に、びくりと海斗は動きを止める。
今の音は、一体。
おそるおそるとそちらを見れば、草の間に何やら動くもの。
海斗はほっと、息を吐いた。あれは確か、祖母の飼っている猫だ。
驚かせるなよ……。
深く息を吐けば、一気に緊張がほぐれた気がした。もう一度、進もうとしていた方向に顔を向ける。
聞こえてくるのはやはり、悲しい声の、美しい歌。
「……こっちか」
白と黒の世界の中、聞こえる歌だけが淡い色を放つ。目に見える色ではない。耳に聞こえる、鮮やかな色。
悲しい悲しい、涙の色。
長い草を掻き分けて、飛び出た枝を避けながら、歌を辿ってただ歩く。
もう少し。もう少しだ。
だんだんと近付いてくる。耳に、手に、足に絡む。
もう少し。もう少しで。
「あれは……」
そこは、海から繋がる小さな入り江。入り江というのもおこがましい程、小さな小さな海の水溜り。
歌は確かに、その入り江の中から聞こえてきていて。
何で、こんな所から……。
真夜中の、白と黒だけの世界。小さいとはいえ確かに海の端っこ。
海斗はゆっくりと近付き、視線を凝らして。
ザァッと音を立てて、陸の風が海斗の首筋を撫で、髪を揺らした。
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