「願」

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「じゃあまず、宇岩田くんが準備した動画を見てくれる?」 全員が注意を集中して千春を見る。 「霞之もこれから書道部の一員として見ておいてほしいって」 「承知」 白河が頷き、のしのしと歩いて席に着く。壇も木崎も、驚いたように彼を見つめた。視線の先には、定規が入ったかのように背中をしゃんと伸ばしたジャージ男。 「部員、入ったのか。(なんか変なやつだけど)」 「てか、千春さん。宇岩田は?」 「部室で準備中なのよ。これ見たら移動するから、さっさと座って」 「はい」 声に凄みがあったわけでもないのに、二人はやけに素早い動きでそそくさと座る。五反田も近くに腰を落ち着け、踏ん反り返った。 正面の画面に映し出されたのは、とある体育館。階上の椅子は満席だ。一階も中央を開けて関係者が壁沿いにひしめいている。カメラが参加者たちの様子を映し出す。 「おおっ、女子ばっかりじゃんか!」 五反田が前のめりになった。 場内アナウンスによって紹介された女子高校生たち十名が、中央に歩みを進める。みんな袴を穿いていた。右耳の上に花飾りを付けている。 よろしくお願いします! ハキハキとした大きな挨拶。それから明るい音楽が流れ出す。当時流行っており、どこででも聞いたものだ。 三人が青色のカラー書道液で、床に広げられた大きな紙に、色をつけ始める。その間に他の四人が音楽のリズムに合わせながら、筆で画面左側に文字を書き込んでいく。 壇と木崎はほぼ同時に腕を組んでその画面を見つめていた。 作品は徐々に完成されていく。すると曲調が変わり、勇ましい音楽が流れた。二人の部員がモップ筆を持って、右側に走り込んでくる。その筆先はバケツに入っており、バケツ持ち役の部員がそれぞれに従っていた。 「でけー。あれも筆なのか」 五反田が思わず声を上げた。彼女たちは気合の篭った声を発し、筆の先を紙に叩きつけた。力を込め、二人は重い筆を必死に、しかし丁寧に動かしている。まもなく漢字二文字が姿を現した。 躍進 女子が書いたとは思えないほど力強い字だった。 「なかなか良いしんにょうだな」 木崎が呟くと、壇はフッと噴き出した。 「そこかよ」 最後に彼女たちは紙の端に付けられた棒を立てて作品を垂直にし、大きな声で文面を朗読。「ありがとうございました」と声を張り上げた。
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