始まりは二学期から

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宇岩田が通う宮古都高校は、五十年の歴史を誇る古い学び舎だ。部活動に特に力を入れていることで有名だった。 「道」がつくもので言えば、華道、茶道、剣道、古武道、弓道、書道、柔道。また日舞や和太鼓、吟詠、歌舞伎、三味線、薙刀、和裁、和琴、和食器、人形絵付け、和歌俳句、ちんどん屋など、様々な日本の伝統的な文化を身につける部活が取り揃えてある。教える技術のある顧問と生徒さえいれば、新設も可能。 そして、生徒たちには必ずいずれかの部に所属するよう義務付けられていた。例え幽霊部員だったとしても。 選り取り見取りの伝統芸能部よりも人気はやはりサッカー、野球、テニスなどであったが、ちょっと変わった部活道に参加するためにわざわざ遠くから受験する生徒もいた。 「まだ新入部員見つからない?」 宇岩田の前の席、森田千春が半身振り向き尋ねた。高い位置で結んだポニーテールが軽やかに揺れる。 二学期が始まってすぐに部員の募集を始めた宇岩田だったが、未だ書道部に入部の申し込みはない。 「まだ全然。まあ分かるけどな。今更部活変えようってやつは少ないだろうし」 はあー、と盛大に溜め息を吐き出し、ほおづえをついた。気合いが入らないので彼のトレードマークのオールバックも少し乱れている。 朝のホームルーム直前。教室の後ろの戸が開き、入ってきた男子生徒が「宇岩田」と声をかけながらやってきた。 「昇降口前の掲示板、生徒会が使うって」 差し出されたのは部員募集の貼り紙。端に上履きの足跡がついていた。どうやら彼が拾ってくれたのだろう。宇岩田は力なく受け取った。 「今の時期、新入部員はなかなか難しいよね」 彼は今流行りの塩系と言われる顔立ちだ。細いすっきりとした切れ長の目。鼻筋もスッと通っている。イケイケオラオラ熱血系とも、片隅に生きるオタクとも適度な距離感で仲良くできる、クラゲのような男だ。 「長峰も吟詠部、一人でやってんだろ。頑張ってるな」 そう、彼は一見クールだが、張りのある声で朗々と詩を吟ずるのだ。個性的である。モテるけれど彼に寄ってくるのはマニアックな女子が多い。 「吟詠は一人でできるから。宇岩田も書道部でしょ。一人でできるんじゃないの」
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