壇広治と木崎良太郎

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壇広治と木崎良太郎

放課後の書道部部室。宇岩田は真っ直ぐな姿勢、真剣な表情で紙に向かっていた。息をするのも忘れるほどの緊張感。指を二本がけにして持った筆を動かす。 意気消沈 十月になっていた。今日から中間服。入部希望者はまだいない。 その日宇岩田は、たった一人での部活動を終えて市の中央病院に来ていた。少し和らいだ暑さ。夕方になると風も涼しくなってきた。 通路では病院のスタッフが忙しそうに行き来している。消毒の匂いを嗅ぎながら、彼は脇目も振らず入院病棟へ向かった。毎週一度のペースで必ずここに来ていた。 「失礼します」 四人部屋の一番奥、窓際で横になっていた年配の男性が嬉しそうに手を振る。宇岩田も照れた口元をそのままに、彼の元へいそいそと歩み寄った。 「先生、お具合どうですか」 「まあまあだよ。来週には手術だ。もうすぐ部活にも顔を出せるようになるからね」 それを聞いて宇岩田の表情が明るくなる。 「でも無理なさらないでください。食道癌って聞いた時は驚きました」 書道部顧問の中河原先生は、髪が薄くなった頭を撫でながら笑った。発見が早かったので見通しは明るかった。 「書道部はどうだい? 部員は増えた?」 その質問に、答えは必要なかった。途端に宇岩田の顔色が悪くなったからだ。 「来年、先生が退職なさる前には、どうにか全国にと思っているんですが」 俯いて、もご、もご、と歯切れ悪く話す彼に、顧問は笑顔で首を横に振った。 「わたしのことは気にしなくていい。ただ、宇岩田くんが一年生の頃から真面目に取り組んでるのを知ってるから。夢が叶うといいなと思ってるよ」 ゆっくりと話す顧問の言葉に、今度は宇岩田が首を横に降る。 「書の楽しさを、先生から教えていただいたので……」 なんとか恩返しをしたい。書道パフォーマンス甲子園に、先生を連れて行きたい。 それが宇岩田の目標だった。 「明日は幽霊部員のところに声掛けに行ってみるつもりなんです。忙しい奴らなので、難しいかもしれませんけど」 宇岩田は頭をあげて笑顔で言った。敢えて明るく振る舞う彼に、中河原先生もうん、と笑顔で応えた。
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