初めての夜。

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 本日は、東の民に御披露目となる。当初は時雨も側に付いてくれる予定だったが、先程の一刀を思い返すと確信は持てなくなった。東の護衛を宛がわれてしまったら。元より、此の賭けの様な策は己が姉に持ち掛けた事。山場を越えたとは言え、一刀の西への疑念をぬぐい去るのは困難だ。兄弟の様に過ごしてきた幼馴染みの身を危険に晒す等出来ない。何より、時雨は隠密として期待されている身。命を懸けるにしても、其れは此処ではないのだ。時を見て西へ送り帰そう、錦は再び笛を大切に懐へしまった。  暫くして、一刀が手配したのだろう、御披露目に用意された着物が届けられた。女官から受け取ると、手は極力借りないと告げ。己の身へ、違和感を持たせぬ程度迄一人で身に付けた。  花嫁衣裳は銀の糸で粋な刺繍が施され、それがまるで光放つ程の眩しさを感じる美しい白だった。実は東西で衣の文化は多少異なる。西の花嫁は、祝言では季節を表す様々な色で華やかに魅せる。白のみを身に付けるのは、弔い事だ。此れは東西共通だが、西では弔い事以外で白一色になることは無い。白は最も神聖な色であり、清らかさを表すからだが、どうやら東では花嫁も此の白を纏う様だと。 「東で他家へと向かわれる御方が白を纏うのは、新たに仕えるお家の為に生まれ変わられる意味が御座いまする」  白い衣に戸惑うたのだろう錦へ、少し年を召した女官が軽い紹介を差し上げた。 「そうなのですね、感銘を受けました」  麗しい笑みを向ける錦へ、女官も又笑顔で拝し部屋を出ていった。此の日の為に、『西の花嫁』の為に用意したのだろう白い衣。姿見に映った己を眺める錦。鏡の己へ手を触れると、姉が恋しくて涙が溢れそうになった。だが、もう会えない。生まれ変わると言うならば、昨夜で己は死んだと言う事。全て覚悟の上、ならば此れは『今迄の己』の弔いであると。錦は深呼吸をし、今一度鏡に映る己を見詰める。 「私は錦……男子(おのこ)は泣かぬ」  言い聞かせる様にそう呟くと踵を返し、部屋を後にしたのだった。
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