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 錦にとって此れは初にして、最も大きな公務である。錦本人の心情等捨て置き、花嫁の御披露目は滞りなく行われる。昨日と同じく、黒の裃を身に付けた袴姿で、一刀が錦を美麗な笑みで迎えて。  緊張に震え出した身ながら、錦は先ず時雨の姿を視界へ映す。一刀は言葉通り時雨を捕らえる事無く、本日も護衛として場を許してくれた様だと一先ず安堵出来た。  だが、感じた安心も束の間。いよいよ、御所の前に集まった多くの民達の前へ出るのだ。此の日を待ちわび、遠方から遥々来た者もいるのだとか。門の内側、一刀より手を差し出された錦は戸惑いを見せる。そんな錦の手を取り、自身の方へと引いた一刀が腰を抱く。驚きに僅かに身を縮込ませてしまう錦の耳元へ、一刀が唇を寄せて。 「暫く辛抱しろ。良いな」  門の向う側より響く歓声の中、低く静かな囁きがはっきりと聞き取れた。心の臓が息苦しさを覚える程に鳴るのは何故だろう。錦は俯き、己の手を握る一刀の掌を見詰める。恐る恐る、そちらへ己の手にも力を込め握り返して。 「開門せい」 「はっ!」  一刀が命じる声に、並ぶ武官等が一斉に答え頭を深く下げた。閂が外される重い音、続き、押し開かれる大きな門。歓声も、其の一瞬ばかりは声が止んだ程の緊張が全体へ広がる。  そして。一刀に手を引かれ、光放つ如く真白い東の花嫁衣裳に身を包んだ錦の姿が表れると、地が揺れたのかと思う程の大歓声が沸き上がった。遠目ではあるが、皆笑顔を浮かべているのが分かる。東西で、一定の身分迄の民が纏う衣は、そう変わり無い。そんな老若男女、皆此の場へ赴くにめかしこんだのか、特に若い娘は色取り取りの華やかな小袖姿が、何とも粋で可憐で。男の中には、東庶民の正礼装となる黒の羽織袴で臨んで居る者も。  こんなに大勢の前に立つのは、錦にとっては生まれて初めてと言って良い程だ。何とも言えぬ熱気に、錦は懸命に笑顔を作りつつも目眩を覚え、視界は滲み体も震え出してくる。此れに控えていた時雨が錦の性質を知る事もあり、其の異変に気付く。思わず、一歩足が動いた処で時雨は硬直してしまった。しかし、錦の異変へ気が付いたのは時雨だけでは無い。そんな錦の肩を抱いた腕、其れは。
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