二つの國。

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 袋小路に追い詰められた西。宮廷にのみ広がる緊張。そんな中、弟である皇子が珍しく女帝へ拝謁を願い出て来た。恐らく、己を案じて見舞ってくれるつもりだろうと久し振りに心明るくなった女帝は、弟の好きな菓子と茶を用意し待ちわびる。部屋へ入って来た弟は、久しく見なかった公式な衣にて姉への拝謁に臨んだ。西の男の習慣、髪は晒さぬよう垂纓冠を頂いた束帯姿に、笏を携えて。進み出た帝の御前にて拝をするが、女帝は逸る思いに敵わず嬉しそうに玉座より駆け寄り手を引く。其れは、無邪気な少女に戻れた様に。 「――貴方はこんな事止めてちょうだい、錦(ニシキ)。さぁさ、貴方の好きな菓子を沢山用意したのよ、久し振りにお話しましょう!今回はどんな物語を教えてくれるの?」  変わらぬ姉の己への優しさに、錦と呼ばれた皇子は目を細めた。姉とよく似た麗しい笑顔。だが、姉と少し違うのは穏やかで優しげな目元だろうか。 「相変わらずですね、姉上。こんなに甘やかされては、私が帝への儀礼を忘れてしまいます」 「止めてったら……嫌よ。貴方迄、私を遠ざけようとしないでちょうだい」  そう呟いた気丈な女帝は、寂しげに俯いた。期待をかけられ、前進のみをしてきた女帝も、錦とは又違った孤独感が胸の奥に。錦は、姉のそんな心を見詰め、常に憂えていた。よく知っている、愛する姉だからこそずっと見ていた。背を追った。  部屋に籠った錦を、女帝は激務の合間を縫い度々訪れては、錦が今好きな物語を読み聞かせよとせがんだ。目を輝かせて己の話を聞いてくれる姉の存在は、何も無いと思っていた錦へ此処にいる意味を与えてくれた人。己を理解し、寄り添ってくれた大切な姉を錦は心より敬愛しているのだから。  姉と向かい合った錦は、其の表情を引き締める。何時もと違う雰囲気を醸す弟へ、女帝は軽く首を傾げた。言葉を待った短い沈黙の後、徐に開く錦の唇。
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