【故人の為に】

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浴衣の生地からスカートを作っておりますと、ドアに付いたベルが鳴って来客を知らせました。 「いらっしゃいませ」 見ると、ここ数年、夏が来るといらっしゃる男性のお客様です。 「ようこそ、小泉さま」 私は笑顔で出迎えておりました。 「今年もよろしく頼むよ」 小泉さまも笑顔で言って、スーツが入った大きめの手提げ付きポリ袋を差し出されます。 「はい、承りました」 袋からジャケットとボトムスを出して確認し、伝票を書いてお渡しします。 「では、お受け取りは8月1日に」 これも例年の事です、その日に受け取りたいと小泉さまの指定なのです。 「ああ、頼むよ」 男性用スーツのリフォームがご依頼です。 少し奇妙なご依頼なので、よく覚えています。 サイズは決まっています、ご本人の物ではないのです。 サイズはカビ臭くなってしまった学生服から採寸いたしました。 元となるスーツはご自身のものです、それを一回り小さく……毎回トルソーに着せたスーツを見て、目を細めていらっしゃるのが印象的なのです。     
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