【故人の為に】

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最初はできあがりでもいいので、きちんと着て欲しいとお願いしたのですが、小泉さまは「これでいいんだ」と微笑み、ご試着もなしに大事にお持ち帰りになられます。 今年も7月になるとまもなく来てくださいました。 気の所為か、毎年お身体が小さく、笑顔も弱々しくなっていきます。 お年の所為でしょうか……おそらく90歳は超えておられると思います。杖はついていらっしゃいますが、足取りはしっかりしており、お元気そうではあるのですが……。 * そして、8月1日になりました。 ドアのチャイムが鳴って来客を知らせます、小泉さまだと思って見ると、それは年配の女性でした。 「あの……これはこちらの伝票で合ってますか?」 小さな封筒を差し出されます、間違いなくうちの店名とロゴが入っています。 「はい、間違いありません。中を確認してよろしいでしょうか」 私は封筒を開け、中から伝票を出しました、名前を見て手が止まりました──それは、小泉さまのお名前です。 「──お受け取りですね、こちらです」 嫌な予感が過りましたが、私は笑顔でトルソーへご案内しました。 スーツを見た女性は、優しく微笑まれました。 「……これは、こちらで作られていたんですね」 「はい……?」 私が答えると、女性は涙ぐんだ目で私を見ます。     
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