384人が本棚に入れています
本棚に追加
「……僕はお嬢様なんかじゃ……」
「わかってるよ。可愛いからついつい尽くしたくなっちゃうんだよ」
照れて顔を覆う透を見ると、思わず表情を綻ばせてしまう。くだらない冗談にも可愛らしいリアクションをする。話していて飽きない。透はいつも、「僕の話なんてつまらないんじゃないですか?」なんて心配しているけれど。
水神は透の浴衣を慣れたように合わせた。後ろに手を回して、シュルシュルと音をたてて帯を巻いていく。
前の方でキュッと小気味良く帯を締めると、水神は跪いたまま透を見つめた。
「……右手でハンカチとか手拭いを入れるように胸元に手を入れてごらん」
「はい」
「ほら、これが正しい着方。左前だと手を入れられないでしょ? 」
「あ、本当ですね!!」
透はパチパチと瞬きを繰り返しながら、何度も胸元に手を出し入れしている。
「これなら覚えられそうです!! ……誠司さんは、和服にも精通しているのですか?」
“尊敬する”と言わんばかりに瞳をキラキラさせる透に、水神は苦笑いする。
「浴衣くらい、着られるよ」
「……あ、そうですか……着られなくてごめんなさい」
「透は可愛いからいいの。俺がいつでも着させてあげる」
「……また甘やかす……」
透は唇を尖らせながら水神の両肩に手を置いた。
「……僕も誠司さんに何かしてあげられるようになりたいのになぁ」
透の言葉に、水神は優しく微笑んで透の腰に腕を回した。
「……本当に可愛いことを言うね、透は」
「それじゃダメだなって思ってるんですよ、僕は……」
そう言いながら、透は水神の額に軽くキスを落とした。
いつもより積極的な透に、水神の胸が僅かに跳ねる。いつもの受け身で照れてばかりの透も可愛いけれど、これはこれで小悪魔的で可愛らしい。
今日は本当にどうしたと言うのだろう。露天風呂でのこともそうだけれど、透が自分から行動を起こしてくれるたびに、水神は悦びで心が満たされていくような気がした。
水神の肩に乗った透の手に力がこもっていく。
「……誠司さん、いつもありがとうございます」
「何だよ、改めてそんなこと言われると照れるよ」
「初めての旅行、本当に幸せです」
「俺もだよ」
最初のコメントを投稿しよう!