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「お邪魔し……じゃなかった、ただいまぁ~」
透が辿々しく声を裏返しながら帰宅を告げると、水神がリビングのドアから身体を覗かせた。
「おかえり。まだ慣れないの?」
水神はクスクスと笑いながら、透の肩を抱き、リビングに引き入れた。
「すみません、ついつい……」
「仕方ないなぁ。……ほら、もう一つ忘れ物」
水神は少し屈んで透の唇にチュッと一瞬のキスをした。途端に、透の顔が真っ赤になる。
水神は、この透の一瞬にして魂が抜けたみたいに全ての動きが停止して真っ赤になるところが、堪らなく愛らしくて、微笑ましくて仕方ない。ついついからかうように、何かにつけてキスをしてしまう。
この可愛い恋人と同棲するようになってから、半年が過ぎた。
最初、透は自分のアパートと水神のマンションを行き来していたのだが、“もっと一緒の時間が欲しいし、家賃が勿体ない”という水神の一言で、アパートを引き払って本格的に水神のマンションで同棲することになった。
もっと一緒の時間が欲しいというのは本心だったが、家賃が勿体ないというのは建前であった。水神は、ただただ透を誰にも渡したくない、囲ってしまいたいという独占欲から同棲を提案したのだ。
透は、嬉しそうに頷いてくれた。そしてその後すぐに、「生活費を入れた方がいいでしょうか」などと申し訳なさそうに言ってくるあたりが、透の可愛くていいところだ。
透には、「一緒にいてくれるだけでいい」と言ってある。やっぱり透は申し訳なさそうにしていたけれど、一応納得はしてくれたようだった。
水神も透も、以前と変わらず働いている。
同棲しながら、作家と編集者として接することもある。仕事のときの二人は至って真面目で、真摯に作品作りに取り組んでいる。
それがけじめであり、二人の生きる喜びでもあった。
「……わぁ、今日はハンバーグ?」
「うん。透の大好物でしょ」
「嬉しいです!! 早く食べたいな~」
「もう用意できてるから、早く着替えておいで」
いつまでも初々しいままの透に、水神は心を奪われ続けていた。
誰にも見せたくない。ずっとずっと自分だけの恋人でいて欲しい。
水神は、毎日毎日そう願ってやまなかった。
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