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「……では、お荷物はこちらに置かせていただきますね。夕食は6時半と伺っておりますが、変更はございませんか?」
「ないです」
「かしこまりました。大浴場は地下1階にこざいます。どうぞ、ごゆっくりおくつろぎくださいませ。……失礼致します」
「ありがとうございます」
甲斐甲斐しく丁寧に対応してくれた仲居の女性が正座でお辞儀をしてから出て行くと、水神と透も表情を崩してやっと一息つくことができた。
特に透は、あまりこういった旅館で受けることができるサービスに慣れていないらしく、特にフロントから仲居の女性に荷物を運んでもらうことに恐縮しきりであった。
仲居の女性が説明などをしている間、透は押し黙ったままひたすらその女性の所作を見つめていたのだが、今やっと、部屋をキョロキョロと見渡している。
「……誠司さん、すごく広い部屋ですね!!」
「気に入った?」
「はい!! こんなすごい部屋初めてです!!」
水神が選んだ宿は、老舗旅館の小さな別館で最近できたばかりのモダンな宿である。部屋は近ごろ流行りの和洋室で、温泉旅館らしい広い畳の部屋にテーブルと座椅子があって、窓際には小さなテーブルとふかふかの椅子が。小上がりにはダブルベッドが置かれている。
家族向けというよりは、明らかにカップル向けに作られた部屋と言っていい。
更に、この部屋にはもう一つ大きな特徴がある――――。
透はそわそわと部屋の中を見て回っていた。内風呂やトイレを見て帰ってきた透は、緑の木々と渓谷の美しい景色が見えるベランダへ向かった。
「……誠司さん!!」
そして、ベランダを見た透が、何かに気付いて水神にキラキラした瞳を向けてきた。
「……気が付いた?」
「はい!! ここ、部屋に露天風呂が付いてるんですね!!」
「そうなんだよ! 小さいけど景観はバッチリだよね」
「わ~、本当にすごい!! 部屋に露天風呂が付いてる旅館なんて初めてです」
嬉しそうに輝かせた透の顔に、水神の表情もつい綻んでしまう。
来て良かったな、と心から思った。
部屋の様子を見ただけでこんなに喜んでくれるのなら、もっと早く旅行に連れて行ってあげれば良かった。
透には日頃の疲れを取って欲しいと思うのと同時に、恋人らしく過ごしたいというわがままも持ってしまう。
とにかく、水神は透と忘れられない思い出を作りたかった。
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