朝石市片吉3-7 築30年/アパート1K キッチン窓あり/告知事項あり/自社 

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「あの、いいか、お姉ちゃん」  押し入れの中。  すぐ側から、年配の男性の声がした。  隙間から僅かに漏れるテレビの明かりから察するに、作業着のようなものを来た、がっしりとした男性のようだった。 「ひ……」  明日香は息を呑み、その場で固まった。  身体中が震え、動けなかった。 「畳の上に包丁出しっ放しは危ないんじゃないかなあ」  男性は言った。  明日香はガクガクと震える唇をやっと動かし、何とか言葉を発した。 「ご……強盗ですか」 「いや、作業員のお兄さん」  ニヤニヤしながら言っているような口調に聞こえた。 「お……お兄さんってご年齢じゃ……ないですよね?」  押し入れのベニヤ板の床に手を付き、明日香は座った姿勢で後退った。 「ええー、おじさん、そんなこと言われると悲しいなあ」  男性は過剰におどけてみせた。  寒い。  絶対、昭和の人だ、この人。  明日香は唐突に冷静になりそう思った。 「ご、強盗ならそれでもいいです。わたし死ぬつもりだったんです。どうぞ」  明日香は黒髪を手で退かし、グッと首筋を差し出した。 「今時は、それで触ったらセクハラって言われるじゃん……」  男性は言った。 「言いません。何なら、あんなことやこんなことして、楽しんでからでも結構です」 「どんなことそれ……」  男性は呆れたような口調で言った。 「煙草吸っていい?」  男性はそう言い胸ポケットの辺りを探った。 「禁煙です」  つい習慣で、明日香はさらりと言った。  男性は胸ポケットの辺りに手を当て、暫く黙っていた。  だいぶ間を置いてから、自身を指差すように手を動かした。 「ここの二十年前の住人っていうか」 「住人……」  明日香は反芻した。  ややしてから、ここが事故物件であることを思い出した。 「いやあああああ!」  明日香は四つん這いで押し入れの戸を開けると飛び出し、バタバタと走り回って部屋と水回りの電気を点けた。 「夜中に、ご近所迷惑じゃないの」  作業着の男性が和室の真ん中に立ち、頭を掻いていた。  無精髭を生やした、体格の良い男性だった。年齢は四十代から五十歳前後といったところか。 「明かり点けたのに何でいるのおおお!」  明日香は長い髪を振り乱し怯えた。 「ていうか、幽霊呼びたかったんじゃないの?」  男性は言った。  はっと明日香は表情を引き締めた。そうだった。 「か、覚悟は出来ています。今すぐ呪い殺してください!」 「出来てないじゃん……」  男性は言った。  明日香はその場に座り込み、ぽろぽろと涙を溢した。 「わ……わたしなんて、死んじゃった方がいいんです……」  うええ、と顔を歪めて泣きじゃくってしまった。  相手が父親くらいの年齢だから、気が弛んだのだろうか。  男性は目の前に来てしゃがんだ。 「何あった。彼氏にでも振られたか」  明日香は更に激しく泣きじゃくってしまった。 「いかにも振られそうな女って分かるんですねええ!」 「いや……適当に言ってみただけだけど」  男性は言った。
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