朝石市片吉3-7 築30年/アパート1K キッチン窓あり/告知事項あり/自社 

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 玄関の呼び鈴が鳴った。 「不動産屋さんじゃないの?」  男性は言った。 「あ……はい」  明日香は促されゆっくりと立ち上がった。  玄関口に移動し扉を開けた。  黒いスーツをきちんと着こなした、二十五、六歳ほどの青年がいた。  このアパートを管理している華沢不動産の事故物件担当。  確か名前は、華沢 (そら)と名刺にあった。 「お変わりありませんか」  大きめの茶封筒から書類を取り出し、不動産屋は言った。  事故物件は、夜中に突然解約を申し出る人もいるとのことで、こうして夜に一回だけ様子を伺いに来る。 「あの……変わりというか」  ここの幽霊と、とうとう遭遇してしまったと報告すべきなのだろうかと明日香は迷った。  遭遇した上、なぜか人生相談のような様相になっていたとか。 「不動産屋さん」  明日香の後ろから男性が顔を出した。  童顔のやや大きめの目を軽く見開き、不動産屋は男性を凝視した。 「珍しいですね。今まで住人の前にはあまり出なかったのに」 「そりゃ、ぎゃあぎゃあ言われると面倒臭いから」  男性は頭を掻いて言った。 「んだけど、このお姉ちゃんが、死ぬだの呪い殺してくれだの言うからさあ」  男性は言った。 「マジで死んだら、俺と心中したみたいじゃない?」  男性はニカッと笑った。  え、と明日香は声を詰まらせた。 「し、死んだ時期が全然違うじゃないですか」 「人なんて、面白おかしく解釈しようとするものでしょお?」  男性は声を上げ笑った。 「ああ、そうですね」  書類を眺めながら、不動産屋が打たなくていいような相槌を打った。 「お姉ちゃん、何なら不動産屋さんに相談したら?」  男性は言った。  明日香は不動産屋の童顔気味の顔を見た。  不動産屋は、複雑な表情で眉を寄せた。 「完全に業務の範囲外なんですが」 「いいじゃない。清掃会社の彼女いるでしょ」  男性は言った。 「そう見てる住人の方もいるみたいですけど、あちらに失礼では」  不動産屋は書類に目を落とした。 「あの」  明日香はおずおずと不動産屋に話しかけた。 「彼の電話に他の女の人が出て、「彼はあたしのものだ」って言うの、男の人的にどう思います?」  不動産屋は、暫くじっと明日香の顔を見ていた。 「彼氏さんは?」 「電話口には全然出なくて。女の人の後ろから何か喚いてる声は聞こえるんですけど」 「彼氏の電話でしょ?」  男性が言った。 「彼の携帯です」  明日香は鼻を啜った。  何か、また涙が出てきた。 「最近引っ越すって言って来て。あの」  鼻の音がすんすんと鳴った。 「郊外だけど、二部屋あって広いからって。それで」  また涙がぽろぽろと出て来た。 「い、一緒に住まないかって言ってくれてたんだけど。なのに」 「引っ越した途端に別の女が電話に出たの?」  男性が言った。  明日香は頷いた。 「変な話」  男性は宙を眺め頭を掻いた。  不動産屋は暫く横を向いて何か考えていた。  ややしてから、おもむろに口を開いた。
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