朝石市片吉3-7 築30年/アパート1K キッチン窓あり/告知事項あり/自社 

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「あまり他のお客様のことを言うのもあれなんですが」  不動産屋は言った。 「最近、該当しそうな契約が一件だけ」 「あったの?」  男性が声を上げた。 「その物件のことかどうか分かりませんが、試しに彼氏さんに電話していただけるなら」 「お姉ちゃん、かけてみろ!」  男性は明日香を携帯を置いた和室の方に促した。 「え、え? って、どういうことなんですか?」  明日香は、おろおろと不動産屋の顔と和室を交互に見た。 「彼氏も事故物件に引っ越してたってことでしょ」  男性は言った。 「その女って、そこの幽霊?」 「僕が思い浮かべてる契約に該当する方なら」  不動産屋は言った。 「何そんな所紹介してんの、あんた!」  明日香を和室に促しながら、男性は声を上げた。 「そんなに害は無い所だったんですけどね……」  不動産屋は緩く腕を組み、宙を見上げた。  男性に急かされ、明日香は別れた彼、巧海(たくみ)に電話をかけた。  四、五回ほどの呼び出し音。  「はい?」と刺々(とげとげ)しい口調の女が出た。 「あっ、あのっ!」  明日香は声を上げたものの、何を言っていいか分からず男性の顔を見た。 「幽霊かって聞いてやれ」  男性が横から言った。 「ゆ……幽霊ですか」  明日香は言った。  電話口から、何か争うような音と声がした。 「明日香!」  巧海の声がした。 「た……巧海」  再び争っているようだった。畳を擦る音や、柔らかい物で電話口を叩く音がした。  「(うるさ)い、消えろ」と何度か聞こえた。 「明日香!」  巧海が電話口で叫んだ。 「不動産屋さんの言ってんのに該当するっぽくないか……」  携帯を覗き込むようにして男性が言った。 「ぽいですか?」  玄関の扉の(そば)で不動産屋が言った。 「巧海、わたし分かったから。今から不動産屋さんと、親切な幽霊の方に相談するから」 「いや、俺に解決できるかどうかは……」  男性は苦笑した。 「明日香!」  やっと電話口を奪い取った様子で巧海は言った。 「結婚しよう!」  かなり焦った叫びのようだった。  明日香はその場で固まった。  いきなりで何を言われたのか分からなかった。  嬉しいことを言われたと思うのだが、事態が特殊すぎて脳が追い付かない。 「え……?」 「何ていうか……おめでとうございます?」  やはり複雑な表情で男性が言った。 「電話口奪って、とりあえず言っときたいこと言った感じか? 彼氏」  あ、そうか、と明日香はゆるゆると納得した。  他の女の人じゃなかったんだ。  幽霊が邪魔してたんだと、やっと明日香ははっきりと理解した。 「勘違いだったんですね……」  明日香は言った。 「まあ……この場合は勘違いするのが普通って気もするけど」  男性は(あご)の辺りを掻いた。 「ホッとしました……」 「この状況で?」  男性は眉を寄せ、更に複雑な表情をした。  明日香は、ひとりかくれんぼのために用意した道具を見た。  早まって馬鹿なことをやったと思った。  巧海の名前を付けたテディベアは、ちゃんと中の綿を直してあげようと思った。  電話口の向こうで、巧海が大きく息を吐いた。  ややしてから「あ、くそっ」という声が聞こえ、通話は切れた。  終
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