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携帯が鳴った。
着信の名前を確認する。明日香とあった。
ここで一緒に住もうと思っていた彼女だった。
「明日香!」
そう声を上げ、慌てて通話の状態にした。
わたわたと耳に当てる。
ともかく向こうには何が聞こえていたのか詳細を聞こうとしたが、なぜか電話口に、刺々しい感じの女の声が割って入った。
「だっ……」
誰だお前、と言おうとしたが、そう言うと、そのまま明日香に伝わるのだろうかと思った。
明日香に言っているように誤解されたら、またややこしくなる。巧海は口を噤んだ。
「ゆ……幽霊ですか」
通話口の向こうで明日香が言った。
何か知らないが、会わないうちに事情を把握したのだろうか。
有難いなあと思った。
「明日香!」
巧海は呼び掛けた。
途端に、目の端に何か動くものが映った。
風呂場の方からこちらの部屋へ、凄い勢いで、ぬいぐるみが走って来た。
何が起こっているのかと理解する前に、ぬいぐるみは巧海の携帯にドロップキックを食わせた。
何すんだこら、と声を上げそうになり、慌てて口を抑えた。
もはや現実の出来事なのかも混乱して分からなくなって来たが、下手なことを口にすれば、明日香との仲が余計に拗れる可能性があるのは理解した。
巧海は、畳の上に蹴り飛ばされた携帯を拾った。
ぬいぐるみが携帯にがっちりと抱き付き、通話口を塞いだ。
巧海は、力尽くで引き剥がそうとした。
「彼はあたしのものなの」
通話口を鼻先でツンツンつつくようにして、ぬいぐるみは言った。
「煩い、消えろ!」
巧海はそう言い、ぬいぐるみの背を掴んで携帯から引き剥がそうとした。
漸く通話口に少し隙間が出来た。
巧海は顔を割り込ませるようにして叫んだ。
「明日香!」
「巧海、わたし分かったから。今から不動産屋さんと、親切な幽霊の方に相談するから」
電話の向こうで明日香が言った。
不動産屋はともかく、親切な幽霊の方って何だと思ったが、それよりも完全に通話できないようにされる前に、一番重要なことを簡潔に言っておくべきだろうと考えた。
通話口とぬいぐるみとの間をググッと広げ、巧海は焦って叫んだ。
「結婚しよう!」
いや違う、と畳に手を付き俯いた。
言うつもりではあったが、こういう場面で言いたかったんじゃない。
まず何が聞こえていたのか確認だろう、と思った。
つい自分を咎めて隙が出来てしまった。
ぬいぐるみが携帯を持ち、通話を切ろうとしていた。
「あっ、くそっ」
手を伸ばし止めようとしたが、間に合わなかった。
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