臼越市前根連1-6 築38年/2K6・6 波越線臼越駅徒歩5分 南向き/自社

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 玄関の呼び鈴が鳴った。 「蓮川さん」  玄関扉の向こうから、テノールの男性の声がした。  聞き覚えのある声だった。  ここを管理している不動産の事故物件担当の人だ。 「出られますか? 無理なら、勝手に入らせていただきますが」  ぬいぐるみが仁王立ちになり、玄関扉の方を見据えていた。  睨み付けるような表情に見えたが、錯覚だろうとは思う。  扉を開けには行けそうだったが、その間にぬいぐるみが何をやり出すか分からない。 「どうぞ。入っていいですよ」  巧海は、やや疲れた口調で言った。  合鍵で鍵を開け、「失礼します」と言って入って来た不動産屋は、仁王立ちして睨み付けるぬいぐるみを見て、状況を察したようだった。  普通であれば完全に戸惑いそうな状況で、この落ち着きぶりはさすがだと思った。  事故物件担当ともなると、少々の除霊の経験くらいあったりするんだろうか。  思わず巧海は期待した。 「彼はあたしのものなの」  ぬいぐるみは言った。  和室に入って来た不動産屋は、巧海の方に目配せした。座っていいかと尋ねているようだった。 「どうぞ」  巧海がそう言うと、不動産屋は畳の上に正座し、大きく息を吐いた。 「……非常に申し上げにくいのですが」  ぬいぐるみに向かって、不動産屋は静かに言った。  おおっ、と巧海は唾を飲んだ。  幽霊はあまり信じていなかったが、ここで生の除霊が見られるのか。これはこれで貴重な体験だと思った。 「恋人の明日香さんからいろいろとお聞きしたところ、彼は大人のビデオをこっそり視聴するのがお好きだというお話で」  不動産屋は言った。  巧海の方を手で指し示しているのに気付いて、巧海は座ったまま後退った。 「いきなり何の話 ? ! 」  顔が引きつった。  不動産屋は、落ち着き払ってぬいぐるみを真っ直ぐに見ていた。 「お、男なら観るでしょ」 「そうですね」  特に何の感情も込めず、不動産屋は淡々と言った。 「不動産屋さんも観るでしょ?」 「それはちょっと申し上げにくいんですが」  不動産屋は言った。 「特にお好きなのが、やや幼顔の美人で、バストが豊かなタイプの女優さんだということで」 「ななな、何で明日香がそんなの知ってんの!」  更に畳の上を巧海は臀部で後退った。 「知らないふりしてくださってたんじゃないですか?」 「いやあああ! そんなのあたしの彼じゃないいい!」  唐突にぬいぐるみが金切り声を上げた。  両の頬にモフモフした手を当て、激しく首を振った。 「仰る通りです。この方は、あなたの彼ではありません」  会釈するような仕草でやや顔を伏せ、不動産屋は言った。 「あたしの彼は、もっと爽やかで潔癖で純粋で、王子様みたいな人なのおお!」  ぬいぐるみは叫んで身を捩らせた。 「悪かったな……」  巧海は顔を(しか)めた。 「こんな汚らわしくてイヤらしい男、彼じゃないいいっ!」  ややしてから、ポテ、という風にぬいぐるみは倒れた。  暫く見ていたが、再び動く様子は無かった。  幽霊が抜けたという解釈でいいのだろうかと巧海は思った。 「……何なの、こいつ。ここにいた幽霊?」  ぬいぐるみを凝視したまま巧海は呟いた。 「ここで亡くなったのは、ホストのお仕事をなさってた男性で、成仏したらしく一度も現れてません」 「んじゃ、これに今入ってた幽霊は?」 「ここの隣の市に在住していたOLさんで、事故で亡くなっているらしいんですが」  不動産屋は言った。 「多分ですが、こっそり通っていた店のホストさんと、あなたとを勘違いしたのではないかと」  巧海は暫く固まっていた。  ややしてから、おもむろに自身を指差した。 「……似てんの?」 「そこまでは知りませんが」  そう言い、不動産屋はゆっくりと立ち上がった。 「もう来ないとは思いますが、ご心配なら魔除け代わりにビデオのパッケージを並べておくという手も」 「無理でしょ。彼女と住むつもりなんですが」  ああ、そうでしたと不動産屋は言った。  「プロポーズのご成功、おめでとうございます」  不動産屋は深々とお辞儀をした。 「あ、いえ」 「では」  そう言い、不動産屋は玄関口に向かった。  終
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