椀間市布濡住12-3 築27年/アパート1K・6/バス停上濡住近く南向き 自社

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 テーブル横に、正座をしている若い女性がいた。  栗色の髪を肩で切り揃え、Tシャツにカーディガン、ジャージという出で立ちだった。  山里 実穂子(やまさと みほこ)。  今のこの部屋の住人だ。  ここに住んで七年目、千秋は自転車との接触事故が元で死亡した。  もう十年近くなる。  夜道で自転車とぶつかって転び、軽症だと思い込んで帰宅したところ、布団の中で意識が失くなった。  霊になっても居心地が良いので何となく居続けてしまったが、実家の父が先日亡くなったことを知った。  良い機会だと思った。父に付いていってあげて、一緒に成仏しようと思った。 「元気でね、千秋ちゃん」  実穂子は(ひざ)の上で手を振った。 「……死んでるんだけど」  千秋は眉を寄せた。  ここが事故物件であるのを承知で住んだ人とはいえ、始めは姿を現す気は無かった。  しかし、実穂子のあまりのだらしなさに、ある日とうとう我慢が出来なくなった。  一回だけと思いつつ、姿を現して説教してしまった。 「実穂子ちゃん、何回も言ってるけど」  眉を(きつ)く寄せ、千秋は言った。 「何で脱いだ靴下を置きっ放しにするの? 食事のあとは食器はさっさと片付けたら? 出来ればすぐ洗って。実穂子ちゃん、洗い物ためると、何日もためて置くんだもん」 「ああやだ、うるさい……」  実穂子は顔を逸らし、畳に片手を付いた。 「うるさくない。それから、畳にビール(こぼ)したら放置して寝ない。生ゴミを何日も溜め込まない。浴槽のお掃除しないで、ぬるぬるのままお湯を溜めない」  千秋は顔を歪ませた。 「もう、さっきから、あの(どんぶり)と靴下が気になって……」 「千秋ちゃん、お墓参り行くね。お父さんによろしく」  実穂子はヒラヒラと手を振った。 「何か、実穂子ちゃんのだらしなさが、凄い心残りなんだけど」 「こちらは構いませんので、ご自分のタイミングでどうぞ」  封筒に書類を戻しながら不動産屋は言った。 「えっ。不動産屋さんて、住み着いてる幽霊の成仏奨励してんじゃないんですか?」  実穂子が正座を崩して声を上げた。 「特に奨励はしてませんが……」  緩く腕を組み不動産屋は言った。 「ホームページのコメント欄で見ましたよ。事故物件の霊を格好良く調伏したって」 「ガセです。後で削除しておきます」  不動産屋は淡々とした口調で言った。 「もう少しだけ居ようかな……」  窓の外の銀杏の葉を眺め千秋は呟いた。  美穂子は膝で畳を擦るようにして移動すると、靴下を拾った。  「大丈夫! 安心して成仏して、千秋ちゃん」  心なし顔がひきつっている。 「では」  全く空気を読んではいない感じで、不動産屋は真顔で会釈すると、立ち去った。  終
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