臼越市根連4-9 築40年/1K 臼越駅徒歩15分/南向き 自社 

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臼越市根連4-9 築40年/1K 臼越駅徒歩15分/南向き 自社 

「どうかお納めください」  古びて黒っぽく変色した畳の上。  少し暗めの丸型蛍光灯の明かりが、部屋を少々陰気な感じに照らしていた。  夏焼 朝子(なつやき あさこ)は、正座して包装された箱を見ていた。  ここから程近い印刷会社に勤めるOLだ。  この部屋へは、一週間ほど前に越したばかりだった。  箱には「御中元」と書いてある。  今どき御中元のやり取りなんて、本当に珍しいと思った。  勤めている会社は、社内のやり取りは禁止している。  婚約者の航太郎(こうたろう)は、こういう所がきちんとし過ぎている。  昔の人みたいだ。  始めは堅苦しい人なのだと思ったが、何度も会ってみると、誠実で良いのではないかと思えて来た。 「つまらないものですが、ぜひ使っていただけたらと」  航太郎はにっこりと笑った。  真夏にも関わらず紺色のスーツを着てきちんとしていた。  正座し、折り目正しく手を付いた。 「えっと……こちらこそ。ありがとう」  朝子は苦笑して茶色みがかった癖毛を指先でいじった。 「使っていただけますか」 「うん。喜んで」  まだ中身が何であるかも見ていないのに、朝子は言った。  もう結婚の話が出ている間柄だ。  そうそう変なものは送らないだろう。 「開けていい?」 「ぜひ」  航太郎は言った。  両手で箱を持ち、糊で留めてある所を確認したとき、玄関の呼び鈴が鳴った。 「あ……」  箱を持ったまま、朝子は玄関を振り向いた。 「ここの不動産の人だと思う」  航太郎の方を見た。  出ておいでという風に航太郎は頷いた。  はあいと返事をして、朝子は玄関の扉を開けた。  玄関扉を開けると、黒いスーツの男性が立っていた。  童顔だが、雰囲気からすると二十代中盤くらいにはなっているのだろうか。  不動産の名前は確か華沢不動産。  事故物件担当、華沢 (そら)と書いた名刺をくれた人だ。 「夜分にすみません。事故物件についての業務は真夜中のみになっておりまして」  不動産屋は言った。  ええ、と朝子は愛想笑いで応じた。  ネットでもその旨書いてあったし、手続きのときにも説明を受けた。  事故物件というものは、朝子は一切気にしない方だった。  むしろ安いことが多いと聞き、敢えて探していたくらいだ。  会社にも航太郎のアパートにも近く、さらに格安の家賃だったこの物件は、朝子にとって中々好条件な物件だった。  古びていたし、南向きとはいえ陽当たりは良くなかったが、どうせ日中は仕事で居ないのだ。 「何かお困りなことはありませんか」  不動産屋は言った。 「ええ。今のところは」  朝子は玄関口から水場と部屋を見回した。  そうですか、と言って不動産屋は何か書類のようなものに書き込んだ。 「霊が出る物件だということは、手続きの時にご説明させていただきましたが」 「ええ」  朝子は頷いた。 「でもわたし、そういうの気にしないんで」  あはは、と笑いながら言った。 「ここに出るのは、ちょっと(たち)が悪い場合がある霊なので。何かありましたら即言ってください」 「それも手続き時に聞きましたけど。本当、わたし霊感とか無いんで」  朝子は両手を振った。  何か思い出したのか、不動産屋は「ああ」と言って朝子の頭上の辺りの宙を見上げた。 「女の人とは、絶対に関わらないでくださいね」  そう言った。  女の人か。  ここに出る(たち)の悪い霊とは、女性の霊なのか。  一応覚えておこうと朝子は思った。 「では」  不動産屋は会釈すると、暗い通路を帰って行った。  真っ暗い部屋で、朝子は目を覚ました。  外の街頭の明かりでうっすらと暗闇に浮かんだ天井と、和風の四角い電灯が目に入る。  女性の悲鳴のようなものが聞こえた気がした。  夢かな。  もぞもぞと薄い布団の中を動いて時計を見た。  午前二時。  寝入ってから、まだ一時間しか経っていない。  改めて耳を澄ますが、何も聞こえなかった。  この辺りは駅からも遠いし、コンビニもそれほど近くはない。  夜中になれば周辺を通る人は滅多になく、しんとしている。  不動産からおかしな話を聞いたせいか。  仕事があるのだ。そうそう夜更かしして寝不足になりたくない。  茶色みがかった癖毛を掻き上げた。  寝直そうと決めた。  大きめの枕に顔を埋め、うつ伏せになる。  遠くに、車が走って行くような音が聞こえた。  カンカン、と何か軽い物がぶつかる音。  昼間のようにざわめく音が無いので、普段なら聞こえないであろうと思われる外の音が聞こえる。  助けてえ!  若い女性の声が聞こえた。  朝子は飛び起き、手を伸ばして電灯の明かりを点けた。  心臓がバクバクと早くなる。 「な、なに?」  声のした方を見た。  壁の向こうだと思う。  多分、隣の部屋。  古い薄緑色の壁を朝子は凝視した。  耳を澄ましたが、何も聞こえなかった。  幽霊など、見たことはない。  見たことがないだけに、想像がどんどん膨らんで行った。  今までにあちらこちらで聞いた怪談の内容が、いろいろ混じって頭に浮かんだ。  不意に煙のような臭いがした。  始めは気のせいかと思ったが、段々と臭いがはっきりとしてきた。  喉が少々痛いような。  口を手で塞いだ。  火事で死んだ霊かと暫く考えてしまったが、これ本当に火事なのでは。  そう考える方が現実的だ。  朝子は布団から出ると、カーテンを開けた。  窓を開け、ベランダに出る。  隣の部屋のベランダに、ポニーテールの女の子がいた。  二十歳そこそこだろうか。高校生くらいかもしれない。  煙の臭いをさせて、大きな目をこちらに向けた。 「あはは……」  女の子は弱々しく笑みを浮かべた。  朝子は表情を凍りつかせた。  (まばた)きし、次に目を開けると、女の子はいなかった。
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