朝石市片吉3-7 築23年/アパート1K 告知事項あり 自社

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朝石市片吉3-7 築23年/アパート1K 告知事項あり 自社

湊子(みなこ)ちゃん、味醂(みりん)はいつ入れるんだっけ?」  入夏 葉月(いりなつ はづき)は、味醂の瓶を持ち和室の方を見た。  アパートからほど近い短大に通う学生だった。  ここに住んで二年目になる。  煮物を作っている鍋は、グツグツと煮たっていた。  奥の和室で洗濯物を畳んでいた湊子がこちらを向いた。  立ち上がり、部屋入り口に掛けた暖簾(のれん)を上げて鍋を眺める。  黒いストレートの髪を後ろでひとつに結わえていた。  顔立ちは綺麗な感じだが、全体的には純朴で飾り気のない物静かな雰囲気だ。  濃茶色のセミロングの髪をした、快活な印象の葉月とは、外見的には正反対といえる。  湊子はこちらに来て鍋を覗き込んだ。 「まだでしょ。煮汁が半分くらいになったら」 「ううっ。待つの面倒臭い……」  葉月は顔を(しか)めた。 「葉月ちゃん、自炊して二年になるのに料理するの面倒臭がるよね」  湊子は言った。  ここはいいから、という風に手を振る。  「カップで三分の煮物とか発売されないかなあ……」  葉月は流しで項垂(うなだ)れた。 「前に葉月ちゃんが買ってきた煮物の缶詰め、美味しくなさそうだったなあ」  湊子は品の良い感じに眉を寄せた。 「あれは外れだね。具が小さいし量が少ないし。あれで二百九十八円とか」  流しに手を掛け、葉月は口を尖らせた。  ついでなので、水に漬けっ放しにしていた食器を洗い始める。 「もう、料理は全部、湊子ちゃんがやって。あたし洗い物だけする。担当分けない?」 「葉月ちゃん……」  湊子は呆れたように眉を(しか)めた。  玄関の呼び鈴が鳴った。  二人で返事をする。  葉月が扉を開けた。  黒いスーツの若い男性がいた。  ここを管理している華沢不動産の事故物件担当、華沢 (そら)だ。 「不動産屋さん」  葉月は明るく声を上げた。  こんばんはぁ、と続ける。  湊子もコンロの側で会釈をした。 「こんばんは。様子はどうですか」  不動産屋は言った。 「変わりないですよお。事故物件って聞いて、引っ越し前にビビってたのが何だったのみたいなぁ」  葉月は言った。 「変わりないですよ」  湊子もにっこりと微笑みながら言った。 「もう湊子ちゃんと、ラブラブ百合百合みたいな?」 「結局、家事は殆どやらされるんですけど」  湊子は苦笑した。 「そうですか」  不動産屋は言った。 「変わりなしということで」  取り出した書類のようなものにそう書き込むと、不動産屋は礼をして去って行った。  アパートのカンカン音のうるさい階段を降り、遠ざかる姿を葉月は暫く見送った。 「結構、格好いいよね。彼女とかいるのかな」 「清掃会社の女の子と仲良く話してるの見たことあるけど」  湊子は言った。 「いるんだあ」  葉月は目を輝かせた。 「キュンキュンしない?」  湊子は苦笑いした。  かなり遅い夕飯を終え、葉月は息を吐いた。  畳の上に後ろ手に手を付き、足を伸ばす。 「湊子ちゃんの和食、やっぱ美味しいわぁ」 「葉月ちゃん、行儀悪いよ」  食器を片付けながら、湊子は言った。 「湊子ちゃんって、何か時々お母さんみたいだよね」 「だって歳上だもん」  湊子は言った。 「この辺りの洪水被害にあったことあるんだっけ」 「そ。この辺、前に酷い洪水があったんだよね」 「あたし地元じゃないから、そんなことがあったって全然知らなかった」  葉月は天井を眺めた。  流線形の模様が、人の顔のように見える。  雨音がした。  始めサワサワと微かな音を立てていた雨は、すぐに強めの降りになった。 「雨だぁ」  葉月は這うようにして窓際に行くと、閉めたカーテンの隙間から外を見た。  部屋の明かりに照らされ白い直線に見える雨を目で追う。  ふと視線を階下に向けると、傘を差した男性がアパートの前にいるのが見えた。  年齢は三十前後くらいか。  何をするでもなく、アパートに斜めに向かい合う感じで、前方の十字路を見ている。 「やだあの人、またいる」  葉月は言った。  なに、という感じで湊子も窓の外を見た。 「雨のときに限って、ああやっているんだよね。ストーカーとかかな」  葉月は小振りの動きで男性の方を指差した。  曲げた人差し指で、コツコツとガラスを叩く。 「いつも?」  湊子は言った。 「いつもだよ。雨が降ってるときだけ。気味わる」  葉月は後ろを振り返った。 「湊子ちゃん、気を付けてよ。昼間は湊子ちゃん一人しかいないんだから」 「う、うん」  湊子は戸惑った表情で返事をした。 「空き巣とかかな。女の人だけの部屋とか物色してたりするのかな」  葉月は再び這うようにして卓袱台の方に戻った。  湊子は、閉めたカーテンに頭を潜らせるようにして、まだ窓の外を見ていた。 「でも何で雨のときだけなんだろ」 「人目に付きにくそうだからでしょ」  葉月は言った。
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