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こんなことは絶対にいけない。これは犯罪の一歩手前だ。
それでも確認せずにいられなかった。
工場側に踏切を渡った線路沿いの道。
就業後、着替えた僕はその道の線路側に張られたフェンスの横に立っていた。
もし彼女が明日から地下道利用に戻るのなら、通行禁止が解けた今日は帰りにこちらを通るはずだ。
もし彼女がこの後、僕の前を通らなければ、明日の朝も会える。
地下道を渡った山側の道は、道幅は狭いけれど一軒家が数件と田んぼや小さなお地蔵さんがあった。
線路沿いのフェンスの前で彼女が来ないことを祈っていた。
5時30分を少し回った頃、工場の方からチャンチャンという音が。
聞こえてしまった。
近づいてくる。
おそらく彼女は私服の僕には気づかないだろう。
朝は制服を着たあの場所の警備員だから、挨拶をしてくれるんだ。あそこにいるのがもし他の人間でも、彼女は言う「おはようございます!」と。
だから今、彼女が僕の前を気づかずに通っていったことに傷ついたりしない。
彼女の耳にはイヤホン。それを外すことも僕の方を見ることもなく、彼女は地下道への道を進んだ。
地下道が通行禁止になる前のルートで、彼女は普通に駅に向かっている。
明日からはもう会えない。
明日からはもう聞くことができないチャンチャンという音を追うように、彼女からかなり離れてついていく。
地下道の入口に下りる細い階段の少し手前に、山からの水が水路へと落ちる小さな人工の滝がある。昨夜久しぶりに降った雨のせいか、勢いよく水路へと水が流れ込んでいた。
冷たそうな、気持ちよさそうな生まれたての水に見えた。
光景から僅かな涼を感じながら、僕は彼女を追う。
これが最後なら一言だけ、一言だけ告げたい。
言葉で告げることはきっとできないから、ポケットの中にはメモを入れている。
これを渡すだけでも。
それは気持ち悪いことかな、でも彼女なら笑ってくれそうな気がする。
そんなことを考えながら、階段へと向かう彼女を追ったその時、僕と彼女の間の新たな人物に気づいた。
線路側のフェンスに凭れて、耳にはイヤホンがある。
彼女はそんな彼の前を歩幅を変えることもなく過ぎて行った。
新しい人物に緊張しながら彼女を追う僕と彼女の間に、突然動き出した彼が割って入った。
落胆は大きい。彼女にメモを渡すには、彼を追い越して彼女に追いつかなければいけない。
もしかしたら神様なのかもしれない。
僕の犯罪すれすれの行動を留めるために現れたのかもしれない。
少なくとも今の状態なら、彼女に嫌われることはない。
それでも僕の歩く速度は速くなった。
ゆっくり進む彼に近づく。地下道に降りる階段までに彼を抜かせないかと思っている。
彼女は階段にさしかかった。彼も階段の見える位置にたどり着いている。
彼女の姿は地下道への階段に消え、少し間隔をあけて彼も続いて曲がる。
そのとき、夕陽になる前の少し優しくなった太陽の光が、彼の腰のあたりできらりと強い光りとなって僕に届いた。
まさか・・・でも。
走っていた。
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