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向日葵 2
『おはようございます!』の彼女が通るようになってから、この道を通る人が増えた気がする。
工場の人たちの通勤時間にも、彼女たちの時間にも。
そんなことをふと漏らした昼休み、相変わらず蝉の声はしない。ただ太陽だけはジリジリと照りつける。
少しでも日陰を求めて、作業員のみんなが道の同じような場所に座っていた。
「地下道に変質者が出たらしいぞ」
僕の呟きを拾った現場監督が教えてくれた。
「へ、へ、変質者?」
「ああ、もっと西の地下道でな」
そう言うとタオルで頭をガシガシと拭き始める。
駅から東西に伸びるJRの線路は、高架橋はないけれど所々に地下道がある。
工場がある線路の向こう側に行くには、工場前の踏み切りを渡るか、どこかの地下道を通るしかない。
山からの水を川に流す水路に沿って作られた地下道はどこも細く暗い。
「それで地下道が通行禁止になっているからな。線路のあっち側に行くには踏み切りを渡るしかないんだ、あの工場の人たちもな」
頭を拭き終わって現場監督は言った。
「いろいろ出ても不思議がないくらいの暗い地下道だけど、開かずの踏み切りよりはましなんだろ」
もしかしたら彼女も地下道利用者だったのかもしれない。
僕はちょっと変質者に感謝をした。
あの地下道が通行禁止にならなければ彼女に出逢うことはなかったし、「おはようございます!」を聴くことはなかった。チャンチャンというリズミカルな、少し心が明るくなる鍵の音を知ることもなかった。
どんな変質をするヤツか知らないけれど。
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