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熱帯夜は続いている。今夜もクーラーは我慢だ。
古い扇風機がカタカタと音を出して回る。同じリズムで繰り返される音はあの鍵の音を思い出させた。「おはようございます!」そういうときの小さな口元を思い出させた。
そのまま薄い布団の上に寝転がる。
敷きっぱなしの布団は湿っている。それが自分の汗なのか、部屋の湿気なのかはわからない。湿っているからといって涼しく感じるわけではない。不快なだけ。
テーブルの上にあるティッシュボックスを枕元に置いた。そしてそっと股間に手を。彼女の口元を思い出しながら。
充分に膨張した股間に下着の上から手を置いた。だけどそのまま止める。
そんなことをしてはだめだ。彼女を汚してしまう。
それにそんなことをしたら、明日の朝、彼女をまともに見ることもできなくなる。今でも見れてるわけじゃないのに、もっと恥ずかしくて。
苦しい気持ちと体を抑えるために、起きあがって水シャワーを浴びる。
頭から水を被りながら、いつかの作業員の言葉を思い出していた。
『高嶺の花、エベレストの頂上に咲く花』
いったいその場には、どんな花が咲くのだろう。厳しい環境下で凛と咲く花はきっと美しく、強く、逞しいのだろう。
だけど僕は彼女からそんな強さは感じない。逞しさも。
彼女をもし花に例えるなら、向日葵。
いつもニコニコと太陽の下で輝く。少し顎を上げて太陽を見つめる。そんな姿を想像する。
水シャワーのおかげか、溜まっていた疲れのせいかめずらしくすっと眠りにつけた。そして本当に久しぶりに夢を見た。
夢の中で彼女はいつものように挨拶をしてくれて、僕はいつもと違ってしっかりと挨拶を返していた。もちろん夢の中の僕は吃音も出ていなかった。
もし寝言を言っていたとしたら、どうだったんだろう。吃音は出ていなかったのかな、寝言だと。
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