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向日葵 3
あと数日で物件の基礎ができる。
僕が契約しているのは基礎を担う会社だから、ここでの警備もあと数日。
先月の始め頃は、その日をただ待ち望んでいた。
でも今は違う、ずっとこの現場にいたい。
このまま次の段階の会社と契約ができないか、そんな馬鹿なことを考えていた。
彼女に出逢う前に作業員に言われたことを思い出す。
『惚れるなよ』『高嶺の花』
わずか1カ月でも幸せな時間をもらったことを神様に感謝するんだ。
「し、しおり・・・」
誰にもわからないように、息を出すだけで呟いた彼女の名前はやはりどもってしまった。息だけでも。
ため息をついて首筋の汗を拭いたとき、彼女たちの通勤時間になる。
彼女たちが乗ってくる電車は数本しかなかった。彼女はそのうちの一番遅い電車で来る。
電車が着いたあと、いつもと同じ時間が過ぎると
「おはようございます!」
髪の生え際のあたりにうっすらと汗をかきながら、彼女は左耳のイヤホンを今日も外して言ってくれる。そしてニコリと笑ってくれる。
僕の会釈を見てから、一瞬外したイヤホンを歩きながら再び左耳につけて、チャンチャンと遠ざかって行った。
その日の昼休みだった。
あれからいつも休憩時間を過ごしていた地下道の方に向かうと、入口のロープがなくなっていた。何人かが地下道に入っていく。
通行禁止が解除された?
そのまま現場に戻る。現場監督に声をかけた。
「ち、地下道が、つ、通行で、で、できてます」
現場監督は、チラリと僕を見て
「ああ、変質者が逮捕されたらしいわ」
そう答えた。
逮捕された・・だから通行禁止が解けた?
彼女はまた地下道を通るのだろうか?
明日から、もうこの前を通ることはなくなるのだろうか?
『おはようございます!』は、チャンチャンは今朝が最後だったのか。
明日からはもう・・・
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