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すまし顔でアイスカフェオレを飲む琴子。確かに彼女の言う通りだろう。お世辞は逆に失礼になるような世界に思える。率直な意見が、次の舞台を良くするはずだ。しかし、由紀が所属する劇団なので、あまり悪くは言いたくはないのが本音。梨乃はやっぱり苦笑いするしかない。
ここで梨乃はあることをふと思い出した。
「そういえば、あの舞台で泣いている人もいたよ。寝ている人も多かったから目についたんだよね」
「ほ~お、また面妖な」
「でも、何で泣いてたんだろう? どこにも泣けるようなシーンは無かったはずなんだけどなぁ」
「感性は人それぞれだからねぇ。ほら、現代美術で訳の分からない絵があるじゃん?線しか描いてないのとか。ああいうのに一千万とか億とかついたりするでしょ? 素人には理解不能っていうのが。それでも素人の中にも良いって言う人もいるだろうし。つまりそういうことじゃないかい?」
「感受性や価値観は人それぞれっていうこと? カッコいい例えを言ってきたね。でもその例えは分かりやすい」
「ほっほっほ、そうだろう?」
ドヤ顔を浮かべる琴子に笑う梨乃。泣いていたおじさんにはきっと響くものがあったのだろう。
確かに、舞台上のみんなは真剣で楽しそうにやっていた。みんなで一つの舞台を作っているという一体感はダイレクトに伝わってきた。それも一つの良さで魅力で、財産なんだろう。人によっては、それだけで感動してしまうかもしれない。あのような世界に身を置く由紀には少しばかり嫉妬してしまう。
こうして二人は久しぶりの都会を満喫してから、自分たちの町へと帰って行った。
そしてその数日後、小さな事件が起こった。
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