プロローグ

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 ここだけ時が止まっているかのようだった。  目の前には立派なレンガ調の洋館が建っていた。おしゃれな鉄柵が周囲を囲み、外の門から玄関まで、洒落た煉瓦敷きの小道がある。その小道の横にはきちっと芝生が敷かれていて、その青々とした芝生から、心を込めて手入れされているのが素人目でもよくわかった。ガーデニングでよく見るテーブルとイスも置いてあり、そこでお茶をすると気持ちがよさそうである。  今日は特に天気が良かった。外でお茶にはこういう日がぴったりだろう。時折吹く早春の風には、命が芽吹くような清らかさがあり、きっと癒されるはずだ。  外門のところには小さな木の看板が出ていた。そこにはこう書かれている。  ~天然石専門店 貴石堂~  それをじっと見つめているのは、一人の女の子。彼女の名前は相沢梨乃、この春から大学生になる女の子である。この町にある大学に通うこととなり、先日引っ越してきたばかりだった。  新しい町での新しい生活、梨乃はワクワクした気持ちを抑えきれなかった。それは看板を見ている横顔からでもわかる。キラキラと目を輝かせ、食い入るように見つめている。目に付くものすべてが、彼女にとっては新鮮なのだ。  梨乃にとって、生まれ育った地元を出るのはこれが初めてだった。もちろん不安もあるが、今は楽しみの方が大きい。  地元には、良い思い出もあるが辛い思い出もあった。当たり前のことなのだが、彼女の場合、辛い思い出のウエイトが少し大きかった。地元にいれば悲しいことを嫌でも思い出す、そういう理由とこうやって外に出てみるのも勉強だと思い、この町の大学を選んだのだ。それにあの人に誓ったことでもある、明るく楽しく生きようと。  今日は街の散策とバイト探しを兼ねて、自宅付近を散歩していた。  地元の高校は、原則アルバイトは禁止だった。そのため、梨乃はアルバイトをすることに少し憧れを持っていた。大学生活にアルバイト、なんだか青春という感じで、ますます惹かれるではないか。良いところがあれば、すぐにでも申し込むつもりである。そんな散歩途中に見つけたのが、この立派な洋館だったのだ。
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