#1 兎の冠{あるいは:皇帝;}

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#1 兎の冠{あるいは:皇帝;}

 目立たないように生きる、というのが人生のモットーである深渕脱兎(みぶちだっと)は、浮かず沈まずの成績をキープしながら、穏やかな高校生活を送っていた。  このまま卒業すればクラスメイトからも、いの一番に忘れられていた。  卒業アルバムを開いても、「こんな人いたっけ?」くらいの印象しかなく、ページをめくるうちに、もう忘れられている。  そんな、いてもいなくてもいい存在――それが深渕の理想だった。  なぜそうかというと、あまり理由もない。  面倒が苦手だっただけである。  問題に巻き込まれて、時間が浪費されてゆくのが嫌だった。  部屋にいて、ぼうっと空を眺めて過ごす時間こそ、深渕にとっての幸福だった。  だから深渕は考えた。  どうすれば面倒を回避できるのか。  考えて考えて考えて考えて、深渕はすぐに発見した。  面倒は、人間関係から生まれてくるのだと。  気を使ったり、使われたり、神経をすり減らして、人生が摩耗してゆくのだ!  それならば! 煩雑な人間関係を築かなければいいではないか!  こうして深渕は、人間関係そのものから、逃れることにしたのである。  しかし、会話をしない人や暗い人が逆に目立ってしまうように、人間関係においても関係を断つというのは目立ってしまう。  適度に関係を保っていたほうが、案外印象にも残らないものだ。  クラスの輪にもさり気なく交わるし、会話にも比較的参加する。  しかし、絶対に踏み込まないギリギリのラインをキープする。  同級生でありながら、背景に溶け込むドラマのエキストラのような存在を、深渕は目指したのだった。  そしてついに、憎まれたり恨まれたり好かれたり愛されたりしない――  あらゆることの対象にされない立ち位置――  そんな無意識のような領域に、深渕は自分の居場所を作ったのだ。  ノーリスク・ノーリターン。  これが深渕の編み出した処世術であった――  はずだった……
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