第三章 ソリュード伯爵領編

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『気になるのか?』 『はっ、はいっ』 ヨハンが城館の地下牢から連れて来てくれた窃盗犯は、私の執務室に居る白い狼姿の狩猟神の存在を気にしているようですね?。 『あっ、あくまでも噂なんですけれど。前の王様は気に食わない人間が居ると、狼の群れの中に生きたまま放り込んでいたと聞いています…』 魔王四天王のミノタウロスに、家族全員が全滅をさせられた小王国の王室一家の評判は。芳しく無い物だったようですね。 『安心をしろ。私の執務室の中ではそのような事はしない。部屋が汚れるではないか』 『はっ、はいっ。あっ、ありがとうございます。御領主様』 御領主様ですか。かつては私とヨハンの二人も、旧主であるロデリック男爵の事をそう呼んでいましたね。 『さて。私の財産である小麦粉二袋を盗んだそうだが。間違いは無いか?』 窃盗犯の男性は、自分の事を現行犯で逮捕したヨハンの事を見ながら、諦めたように俯いて。 『はっ、はいっ。御領主様…。その、通りです』 今更言い逃れはしませんか。 『盗んだ理由は何かあるのか?』 『はっ、はいっ。御領主様。俺は小さな畑を持っているんですが。畑仕事に欠かせない牛が、畑の中で泥に足を取られて転んで首の骨を折って死んでしまい。何とか新しい牛を仕入れる為に城下町で金策をしていたら。無人の馬車に沢山小麦粉の袋が積まれているのを偶然見付けて、魔が差しました…』 窃盗犯の説明を聞いた私がヨハンの方を見ると、間違い無いと頷きましたね。 『家族は居るのか?』 『はっ、はいっ。御領主様。女房と子供が三人居ます』 ふうむ、独り身なら、臣民の身分を剥奪して。都市国家同盟に奴隷として売り飛ばす選択肢もあるのですが。それをすると、家族が路頭に迷いますね…。 『法は法だ。縛り首とする』 私の言葉に、窃盗犯の男性は覚悟をしていたのか。項垂れただけで何も言いませんね。 『ただし執行は猶予する。雌牛を一頭貸し与える。その雌牛が産む雌の子牛二頭を賠償としてソリュード伯爵領に納めよ。賠償を納め終えたら、貸し与えた雌牛はそなたの財産だ。三頭目からは、産まれた雌の子牛もそなたの物だ。それで家族を養え』 裁決を聞いた男性は、私の足下に平伏すると。 『あっ、ありがとうございます、御領主様。この御恩は、決して忘れませんっ!』
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