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熱帯夜の猫は不幸だ。 確かに、熱帯夜において、大抵の動物は不幸かもしれない。 それでも、猫はとりわけだろう。 猫にはクーラーをつける財力も、器用さもなく、更には全身を毛に覆われている。 犬なら「涼しいところを探す」が、猫は「暑かろうか寒かろうが、お気に入りの場所を動かない」生き物だ。 だから僕は、うだる飼い猫に、凍らせたMiaoチュールを与えていた。 深夜のことだ。 Miaoチュールはチューブ型のパウチ容器に、液状の猫の餌を詰めた、新時代の猫用おやつである。 これを先端から少しずつ搾るように与えると、猫は喜んで舐める。 夏場は凍らせて与えても良いと言う話を聞き、早速試してみた所、見事に食い付いた。 セミの声だけが聞こえる真夜中、僕はなかなか減らないチュールと、その先の猫を眺めていた。 そう言えば、と考える。 かつて中国に旅行に行った際、猿の脳味噌を食べる機会があった。 不味くはないが、別に旨くはない。 何故中国まで来てこんなもんを食っているんだろう。ぎょうざの満州(ぎょうまん)に行きたい。 そう、当時の僕は思った。 あの脳味噌に、チュールは似ているように思う。 常ならばほんの数分で空になるチュールが、凍らせると長持ちするのはコスパが良い。 しかし……これだけ長持ちするなら、もしかして、凍らせたチュールには、思考を果たす余裕があるのではなかろうか? これだけ脳味噌に似たチュールだ。 物を考えたって不思議あるまい。 「なあ。君は何処から来たのだ」 僕は尋ねた。 「にゃあ」 と猫が答えた。 「製造元ということでしたら、静岡工場です」 とチュールが答えた。 「猫の餌なのに、意外とハキハキ喋るね」 「にゃあ」 「原材料がマグロですので、DHAが豊富なんですよ」 融けゆくチュールは、その思考もまた徐々に融けてゆく。が、まぁそれでも猫よりは会話が成り立つ。 猫とチュール、それぞれが人間のフリをしたとして、僕はチュールの方を人間だと断定しただろう。 いつしか、チュールは全て猫の腹に収まっていた。 「最後に何か言い残すことはないか? 遺言とか」 僕はそう尋ねた。 「にゃあ」 と猫は満足そうに鳴き、寝床に戻って丸くなる。 チュールの空容器は、最早何も言わない。 頭がガンガンと痛む。 喉も酷く乾き、痰が絡んだ。 僕は冷蔵庫からアクエリアスの小さなペットボトルを選び、一息に呷って、寝た。
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