【この世で最も強く尊きものを】

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【剣と魔法の物語】  彼には誰にも言えない秘密があった。  厳密にはバレてはいけない秘密が。  なので傭兵稼業で身をやつし、一つの国に一ヶ月と滞在することなく流れ流れた生き方をしてきた。  そしてそれだけのことを成せるだけの剣の腕前だけは極上だった。  けれどもこの姿では、その得意な剣すら奮えず、放たれた弓矢は本来の普通の獣だったらきっと死んでいていておかしくないくらい刺さっているにも関わらず、彼は追っ手も入ってこられないほど森の奥深くへと逃げること叶った。が。  朝には自分の体は元の人に戻る。その時、この数々の弓で穴の開きまくった体は、どれだけ生きていられるのか。否、きっと自分が元の人の姿に戻る頃には死んでいる。  長い時を生きてきたのだ。それが終わるのは別にかまわない。けれどもこうして自分の正体がバレ、想定通りに死に逝くというのは、たった一月に一回、満月の夜だけ狼になってしまう自分の最期になるのは些か侘しくないか。  人並みに、とは言わない。けれども一度くらい、誰か愛する者と人生を一瞬でも共有できたならば、何度でも死んでも構わなかった。なんてこんな感傷も、死を受け入れた今だから抱いたに過ぎないくらい、本当はなぜ自分のような生き物がこの世に存在し、生きているのか、そっちの方が不思議だったのだ、その全てがこれで終わるのであればきっと世界はそれが正しいのだろう。自分など存在しない世界こそが───。  そう思い、狼の姿で地べたに横たわるも、人としての思考は止まることはなく、カロッサは自分の命の火が消えてゆくのを黙って見詰めていた、その時。
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