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「アベルのなんでも手帳に、この街の地図とか描いてないのー?」
「そんな便利なものじゃない。ありもしないものに期待する前に足を動かせ」
二人は街の中を、散々歩き回り。建物はある程度の規則性を持って建てられているものの、高さが微妙に違っていたりと見ている者の平衡感覚をじわじわと侵していく。まだ少女であるリィンにとっては階段の上り下りだけでも体力が削られ、ところどころで立ち止まってはアベルの溜め息を引き出していた。
街の南端部。二人が歩いて来た途方もない荒野が見えた。殺風景そのもの。しかし、街の方も殺風景度合いで言えば負けていないとリィンが恨みがましそうに言う。
「街の様子を眺めているだけでも、なんだか疲れてくるんだよねー」
「……聞こうじゃないか」
二人して向かい合うように、用水路にかけられた小さな橋の両側に腰掛ける。
「最初は、あそこの下水口とかアーチが少しずつ小さくなってって面白いなーとか思ってたんだけど、なんだか丸とか四角とか……なんて言うんだっけ、キカガクモヨウ?の中にいるというか……」
「難しい言葉を知ってるんだな。驚いた」
「バカにしないでよね!」
決して高くはない語彙力。うんうんと唸りながら、自分の感じた違和感を伝わるように説明しようとするリィンに、腕組みしたままアベルが目を見開く。本人としては褒めたつもりだったのだが、リィンにとっては馬鹿にされたように伝わった。
「しかし言いたいことも分からないわけじゃない。街として、人が住む上の条件は整ってはいるが、決定的に欠けているものがある」
わざわざ訂正することもなく。アベルはただ本題へと話を進める。
「犬や猫はともかく、鳥とかの動物がいるのを一瞬でも見たか?」
「植物を植えてすらいない。緑が全くないんだ、この街には。だから酷く人工的なものに見えたんだろう」
「…………」
じわじわと、今になって。街の様子がちょっとどころではなくおかしいことに、リィンは気付いた。樹木の枝や落ち葉、動物の糞など、それらは全てゴミであり、それらが出ないよう徹底されているのだ。異常だった。
世界一清浄である街は、世界一異常な街だった。
「……探し方を変えてみるか。日没までには一つぐらい見つかるだろう」
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