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黒揚羽
山奥にあるあばら家の縁側で、若い男らが酒盛りをしていた。男たちの頭の上には真っ二つに割れた上限の月が見えていた。
面長の米松は酒をぐびりとあおると、佐吉と樽重を見据え語り始めた。
それは数日前、もうすでに日が暮れたあとのことだった。町まで塩の買い出しに行った米松は暗い杉林の間を荷物を担いで家路を急いでいた。その目の前を、ぽわりと青白い光に包まれた黒揚羽が横切った。真っ黒い羽の先に赤い斑点のあるどこにでもいる蝶だ。
米松が目で追って行くと、その先に数百の蝶が鈴なりになってとまる木があった。その木は、近隣のものが一里松と呼んでいる村についた事を教える目印の木だった。
米松は不可思議な光に見とれていたが、ひっと声を上げると、一目散にその場から逃げ出してしまった。輝く蝶のしたに、縄で首をくくった女の姿があったからだ。
「ありゃ女を食ってたんだ。ここら辺の山には、人を喰う蝶が住んでいるんだよ」
「馬鹿らしい。確かに一里松の下には女の着物はあったが、誰も仏様は見ちゃいねぇ。おお方、洗濯物が飛んで行ったんだよ」
佐吉は胡瓜にかじりつくと、蒸し暑い夏の夜に凍えて見せる米松を笑い飛ばした。
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