黒揚羽

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 佐吉は傍らの岩に着物を投げ捨てると、滝壺に飛び込んだ。気持ちよさそうに、水の中で蛙泳ぎをしてみせる。 「ふぅ、夏の水浴びは最高だぜ」  佐吉は背なかを水に遊ばせると、半欠けの月を見上げて悦に行った。そのしたを青白く身を輝かせた蝶が飛んでくる。  佐吉は酔いに任せて手を伸ばした。黒揚羽は音も立てずその指先にとまった。 「どおってことはねぇ。ただの蝶だ……」  佐吉は指を弾き蝶を逃がそうとした。だが蝶は飛び立たない。それどころ絹ほどの目方しかない蝶が滝壺の闇に体を押し込もうとする。  声が出ない。息ができない。胸が馬の蹄に踏まれたほどに痛む。佐吉は水面越しに歪む月を掴もうとした。だが最後まで夜滝の底はその手を離すことはなかった。  ――黒揚羽が森のなかを飛んで行く。  この里い蝶が何を求め夜な夜な闇を舞うのか誰も知らない………。
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