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おばあさんを家にあげて数分。私には危機管理というものがないのかと頭を抱えそうになったが、一生懸命に望遠鏡を覗いて見るおばあさんの丸い後ろ姿を見て、星を見たいという人にきっと悪い人はいないと開き直ることにした。
「あ……寒くないですか」
おばあさんは冬だというのに防寒の一つもしていなかったことに気づき、私は自分のマフラーをおばあさんの肩にくるっと回した。
「あぁ、ありがとう。イケメンなのねぇ、お兄さん」
「い、いえ」
おばあさんはお礼を言ってくしゃっと笑うと、また望遠鏡に向き直った。
「こんなに綺麗に星が見えるのねぇ」
「あぁ、はい」
「ご自分で買ったの? この双眼鏡」
「いえ、小さいころ、母から誕生日プレゼントで……」
「あぁ、いいお母さんね」
母のプレゼントという言葉を、口に出してからふと思い出した。
私は小さなころから天体に興味があり、図書館の本棚から引っ張り出した分厚い図鑑から、多くの星座や惑星を覚えている中で、母がサプライズとして誕生日にくれたものだった。
「今見ているものは、おおいぬ座。夜空の中で一番明るい星です」
「えぇ、大きくてぴかぴかして、太陽みたいだわ」
おばあさんは望遠鏡をのぞいて、なにがそこまで楽しいのかにこにこしながら星を見ている。悪い人ではなさそうだ。
「私、流れ星を見てみたいわ」
おばあさんは望遠鏡から目を離すと、疲れたのだろう目をしぱしぱと瞬きしながらこちらを振り向き、流れ星というちょうどいい要望を出した。
「でも無理よねぇ…… いつだって見れるものじゃないもの」
「えっ、きょ、今日ならちょうど見れますよ!」
急な事でなぜかどもってしまったが、今日はもともと冬の流星群を見るつもりだったのだ。
その要望にきちんと答えられると思うと、私はなぜか心から嬉しくなった。
「望遠鏡じゃ見辛いので……あ! ほら、いまちょうど落ちましたよ!」
おばあさんの背中をやんわりと叩いて望遠鏡から離し、夜空を指さすと、一瞬のきらめきが線を描いた。
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