星との会合

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「……流れ星のようなおばあさんだったな」    本当にあっという間の出来事だった。ただおばあさんと一緒に星をみただけで終わってしまった。いや、むしろそれだけで済んでよかったのかもしれないが、なぜか心の中に暖かく柔らかい気持ちと若干の名残惜しさが広がっていた。  そろそろ眠気もやってくる時間になってきた。自分も部屋の中に入ろうと望遠鏡を持ち上げた時、ふと肩が軽いという違和感を感じた。 「あ、マフラー返してもらってない……」 私はおばあさんの薄着だった服装を思い返し、マフラーぐらいで防寒になればよいかと、気にせず望遠鏡を運ぶことにした。 ――――――――――――― 「母さん、父さんの様子はどうだった?」  アパートの近くに停めてある車の中には、暖房をつけて待っていた息子がこちらを心配そうに見ていた。 「相変わらず、私が誰だか分らなかったわよ」 車のドアに手をかけると、外のつんざく寒さを和らげる暖かい風に包まれた。 「そうか……いつか思い出してくれるといいな」 「あら、いいのよ私は。変わらず優しい人で安心したわ……」  彼はこのアパートで変わらず、あの時の、若かった青年の時で止まったまま天体観測をしていた。  そして突然現れた私になにも言わず家にあげ、何回もやってきたこのやり取りと同じように、今日も一緒に双眼鏡で一番明るい星を教えてくれたのだ。 「でも、いくら年だからっておかしくないか? 星のことは覚えてるのに、母さんのことは忘れてるなんて、そんな痴呆ひどいじゃないか」  息子はそういうと胸ポケットから煙草を取り出し、かじるようにくわえたたばこの先にライターで火をつけた。 「あら、忘れてるなんて私言ってないわよ」 「え、それって……」  息子がたばこを口元から離し、目を大きく開いてこちらを見た。  彼は星のことしか頭にないわけではなかった。はじめて聞いた、恋人の話。しっかりと彼の心の中には、変わらず私と言う病弱な少女がいるのだ。 「あの人の記憶は、私に星を教えてくれた時で止まってるんだから……」  そっと首にかけたマフラーに手をやる。使い古されたであろうこの青いマフラーの感触を確かめると、もう一度彼の優しさに触れられる気がした。
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