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「あ……うん。良いよ」
つい、そう言ってしまった。
だって、それまで聞いたことがないくらい、米津君の声がいつもみたいにボソボソしてなくて。
とても良い声だったから。
眼鏡の奥の米津君の瞳が、笑った気がした。
すると、米津君が、いきなり自分の荷物をまとめ始めた。
「米津君?」
「アカリ、悪い。実は米津賢人って名前、偽名なんだ」
「……え?ぎ、偽名!?」
偽名って言葉にも驚いてるけど、その手前の、アカリって。
いきなり、もう呼び捨て?
ーーっていうか、あれ?
米津君……こんなはきはきしたキャラだったっけ?
いつの間にか、猫背まで直ってるし。
「そっ。俺の本名、西園寺凌央。リョウって呼んで。俺もアカリって呼ぶし」
「何で偽名使ってんの、学校で……」
私が驚きながら呟くと、リュックを背負って立ち上がった米津賢人君改め、西園寺凌央君が、いきなり私の右手を掴んだ。
「目立つの面倒くさかったから。最後の日まで、静かに好きな子の傍で過ごしたかったから。ほら行くよ?」
胸が高鳴る。
好きな子。
それって、私のこと?
目が点になっている私を立ち上がらせると、リョウ君はそのまま私の手を引いて、教室の外へ出た。
「よ、米津君っ。授業は?」
「リョウって呼んでよ。それ、偽名だし」
「リョウ、君……もうすぐ授業が始まるけど」
私の手を引いて前を歩くリョウ君が、くるりと振り返り様に、いきなり私の頬にキスしてきた。
マスク越しだけど。
マスク越しだけど、私の心臓は大いに跳び跳ねた。
だってマスク越しから、リョウ君の唇の感覚が頬に伝わってきたから。
「ちょっ、何するの!?」
「……あ、マスクしたままだった。残念」
また、リョウ君の眼鏡の奥の瞳が、悪戯っぽく笑ってる気がした。
「明日の晩までに一生分の恋愛しなきゃならないんだったら、こんな所で時間潰してる訳にはいかないよ?」
そう言って、再び私の手を引いてリョウ君がスタスタと階段を降りていく。
私はそこでまた、勢いでつい言ってしまった。
「リョウ君っ!学校の階段のところで告白してみてくれない?」
私の言葉に、リョウ君が立ち止まって振り返る。
相変わらずボサボサで、黒縁眼鏡で、マスク着用の米津君改めリョウ君が。
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