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幕が開くと、同時に怒号にも似た歓喜の声援が送られた。同じアルバムを何度も購入、再ダウンロードし、その都度付いてくるシリアルコードを応募してもなかなか来れるか分からない。そんな貴重なライブだ。握手会なんかもある。ファン達が狂喜乱舞する理由もわかる。
ステージの中心には数十人の若い女性らができるだけ露出の多い衣装で魅惑のダンスを踊り跳ねている。一時期AIアイドルというのが流行ったが、整いすぎた見た目と変化のない声ですぐに廃れた。残ったのは結局、生身の人間だ。
「おい、賢太!どうだ?もうファンになりそうだろう?」
「確かに、こんな素敵なアイドルは見たことない。目が離せないな」
「お前のためにわざわざ500回もアルバムダウンロードしたんだぜ!ったくよ」
「それはありがとう。感謝してるよ。是非次回のライブにも行きたいね」
「そうこなくっちゃ!次からは互いに応募しなきゃな!ほら、次の曲始まるぜ」
現センターがステージの中心で一人ライトに照らされる。それが両脇のバックスクリーンに映し出され、観客達はどよめき立つ。
「おい、見ろよ」
「あぁ、あんな素晴らしい顔ないよな」
「やはり彼女は絶対的エースだ」
ステージの中心に立ったのは、髪はボサボサで肌は荒れ、鼻は低く目は開いているのかいないのかわからない程度の、ヒールを見積もっても五頭身の醜い女性だ。明るんできたフロントを固めるのは100キロを優に超す苦しそうに踊る巨体や、ガリガリに痩せ細った190cmはありそうな者、歯や髪が抜け落ちてしまった童顔や、全身毛まみれの若い娘などがいる。その他大勢もそんな具合だ。
彼女らはそして、呪いのような歌声でたどたどしく歌唱する。
「俺はやっぱりセンター推しだな~」
「あの顔の大きさはさすがに他にないぜ!人間じゃないみたいだ」
「俺は絶対に箱推しだな」
「この不協和音がいいんだよ」
「ヒットチャートもレコード大賞も総なめ、彼女らを推さない人間はおかしいぜ」
「そうだよな」
「よく言った」
「私も大好きよ」
4万人のキャパを誇るドームはその日、一寸の隙もなく満席だった。スーツを着た、まるでエルフのような整った顔立ちの美男美女で溢れている。混血化がもたらした恩恵だ。
いつの時代も、人々はアイドルに希少性を求めている。それは未来になっても同じ。卓越した個性だけが生き残れる世界なのだ。
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