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「それが本来のルールなんだけどね。よっと」
ぴょんと彼女はベンチから立ち上がり、こちらに顔を向けた。
「殺せなかった。私にはどうしてもできなかった。だから、ルールを破ったのはあんただけじゃない。私もなのよ。私も雪女としての掟を破ってしまった。で、何とか今日まで粘ってみたけれど……そろそろ限界みたい。学校の人たちから私の記憶が消えていたでしょ? それは私という存在がもうこの世界から消え始めているから。それがルール違反の代償ってわけ。やってらんないわよ、ほんと。雪女の掟、厳しすぎー」
雪女はやれやれと肩をすくめた。その仕草も昔のままだ。
「……お前、妖怪なんだろ? 僕のことなんか殺せば良かったじゃないか」
「そんな悲しいこと言わないの。これだからお子様はダメね」
「だってそのせいでお前は」
秘密を守らなかった者を殺す――という雪女の掟を破ってしまった。その代償は自身の存在消滅。あまりにも彼女にメリットがなさすぎる。
そこで、ふと疑問に思うことがある。
どうして雪女は女子高生に化けていた?
そして、どうしてそこまでして僕の前に現れた?
「でも、良かった。少し形は違うけれど、君は私を見つけてくれた」
「? それってどういう――」
「ふんっ」
彼女はぷいっと明後日の方に顔けた。その仕草はまるで駄々をこねる小さな女の子。
「お前の夢を何度も見たよ。ずっと会いたかった」
「ありがとう。はっきり言って、すごく嬉しいよ」
「これからお前はどうなる?」
「雪に戻るの。雪に戻って、あの場所に帰らなきゃ」
それが、最後の言葉だった。
「おい」
呼びかけても返事はない。
つい先ほどまで目の前にあった雪女の姿は、跡形もなく消え失せていた。
瞬く間に溶けて無くなる小雪のように。
「嘘だろ? もっといろんなことを話そうぜ。一人はおもしろくないんだ」
気づけば、雪も止んでいた。
僕はずっとそれを眺め続けた。
それから数日後。
学校生活は特に変わらない。
クラスメイトは誰ひとり委員長のことを覚えていない。
いつの日か、僕の記憶からも消えてしまうのだろう。その証拠に、あの夢を見る回数がどんどん減ってきている。
そんな現実がとても悲しい。
ある日の放課後、氷室先生に呼び出された。
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