もういいかい? もういいよ。

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「ちょっとあんた、これってセクハラだから」  他人事のようにその声を聞く。 「……う」  僕は硬い机から顔を上げ、少しずつ現実世界に自分の存在を浸透させる。 「えーと……」  見慣れた光景。ここは学校の図書室だ。  放課後、高校三年生の僕はここで受験勉強をして帰ることが多い。その証拠に机の上には日本史の参考書が置かれている。開かれていたページは戦後日本。苦手な範囲だ。どうやらこれを暗記している間に寝てしまったらしい。 「で、いつになったらこの手を離してくれるわけ? いい加減にしないとお金取るわよ。タイムチャージ制よ、チャージ制」  真横で女子高生が唇を尖らせている。 「何だ、委員長か」  それもそのはず。僕はなぜか委員長の右手をがっしりと掴んでいた。  完全に寝ぼけていたらしい。ゆっくりと手を離す。 「せっかく親切にも起こしてあげようと思ったのに、こんなことされるなんて。ほんともうお嫁に行けないわ」  言いつつ彼女はサイドの三つ編みを両手で触れる。その仕草は実に委員長を委員長たらしめているようで愛らしい。 「平安貴族以上の貞操観念だな」  彼女の名は夏川蒼海(なつかわうみ)。成績優秀、容姿端麗、おまけにスポーツ万能。北風と太陽のように僕とは正反対の存在だ。 「もう九月よ? ずいぶんと余裕があんのね」  壁に掛かった時計に目をやる。時刻は午後五時五十分。学校の図書室は午後六時には閉まってしまう。他の生徒たちは既に帰ってしまったらしく、室内は閑散としている。 「ガキの頃の夢を見てた」 「ふーん。あんたにも純粋な子供時代があったわけか。ま、私からすればあんたなんてまだまだお子様だけれどね」 「馬鹿にすんじゃねーよ。じゃあ委員長はアザラシとアシカの違いが分かるか?」 「簡単よ。アザラシはアザラシ科でアシカはアシカ科。アザラシは耳がなくて歩けないけれど、アシカは耳があって歩ける。ちなみにアザラシの方が泳ぐの速いから」 「なんで妙に詳しいんだよ」 「常識じゃない。じゃあ逆に質問ね。その二匹とオットセイの違いは?」 「え? ああ、あれだよ。オットセイはオウッオウッって鳴くんだよ」 「アホね、あんた」  そんな時、 「もう閉めますよ」  図書室のドアがガラッと開かれ、スタイル抜群の女性が入ってきた。
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