5人が本棚に入れています
本棚に追加
「早く帰りなさい」
クラス担任の氷室怜(ひむろれい)先生だ。パンツスーツを着こなし、ロングヘアーを揺らしながら歩くその姿はまるでパリコレモデルのごとし。
「すいません、すぐに出ます」
僕たちは慌てて荷物を片付け始める。
「あなたはちょっと残りなさい」
「え? 僕っすか?」
「ああ、夏川さんは帰っていいですよ。気をつけて」
委員長は「私だけほんとにいいのかな?」みたいな戸惑った表情で退室し、図書室には僕と、そして目の前で仁王立ちする先生だけが残った。
凄まじい圧迫感と緊張感。いきなりナイフを突きつけられても不思議じゃない雰囲気。
「あなた、えらく遠い大学を受けるのですね」
「……大学? あぁ」
受験の話だったのかとほっと胸をなで下ろした。や、ほんと殺される覚悟をしていたし。
「はい。一応そんな感じです」
志望校は北国にある国立大学。亡き祖母の家から比較的近い学校だ。難易度は非常に高く、今の僕の成績ではまず合格は見込めない。
にもかかわらず、ここを受験しようと思ったのはやっぱりあの雪女のことがずっと頭に引っかかっているからであって……。
「もっと近隣にいくらでも自身の学力にあった大学があるはずでしょう? 不合格のリスクを負ってまで受験したい理由でもあるのですか?」
即答出来なかった。
雪女のことを誰にも話すわけにはいかない、というのも勿論ある。
けれど、そもそも僕は本当に雪女と会いたいと思っているのだろうか。それが自分でも分からない。
たとえ再会できたとして何を話す?
僕はきっと恨まれている。
僕は約束を破ってしまった。
「理由は……うまく説明できません」
そうとしか言えなかった。
「そんなことでは合格なんて絶対無理です。志望動機すらふわふわと固まっていない人間が、おいそれと合格できる大学ではありません。無論、中には難なく合格してしまう受験生もいるでしょう。けれど、少なくともあなたはそういったタイプではありません。厳しいことを言いますが、あなたは至って普通の能力しかないのです。身の程をわきまえなさい」
辛辣な言葉たちが容赦なく僕の胸に突き刺さる。
最初のコメントを投稿しよう!