25人が本棚に入れています
本棚に追加
「塔太郎さん。そろそろ店長が帰ってきますよ。ーー古賀さん、今から僕らは仕事ですけど、終わったら、僕からも連絡しますね。僕は御宮玉木(みや たまき)と言います。塔太郎さんの後輩です」
「はい。よろしくお願いします」
玉木が椅子から立ち上がる。塔太郎も雑誌を片付ける。それを見て今度こそ店から出ようとした彼女に、塔太郎は再度声をかけた。
「なぁ」
「はい」
彼女は、木枠にガラスがはめられたドアに右手をかけたまま振り向いた。
「さっき、自分の名前が好きって言うたけど……ほんまは、名前やなしに由来の大文字山が好きなんちゃう? そのジャケットにも桜がついてっし、和物も好きなんやろ。 ……やから。ひょっとして、ほんまは、」
「私、京都は嫌いです」
それ以上言わないで、というように、彼女は声を被せた。
「き、ら、い、ど、す!」
ちょっと歯を出して、いーっとした笑顔を最後に、ドアがぱたんと閉められた。
彼女の気配が消えるまでドアを見つめて、聞こえるのは店内の洋楽だけだった。
「……さぁ、どこへ行こっかな」
「舞妓さん見に行きましょうか」
「お前、そればっかりやんけ」
微笑ましい余韻を噛み締めながら、塔太郎と玉木は、記念すべき彼女の第一回目をどこにすべきかと、考え始めた。
(おわり)
最初のコメントを投稿しよう!