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「すみません、母なら今外出中でして」
てっきり母の客人かと思い、私は女性にそう告げた。
「あら、そうなの。それで、あなたはここで何をしていらして?」
女性は別段残念がる様子もなく、私に問いかけた。
何をしているのか。そんなこと自分が一番わからない。いつまでここでこうしているつもりなのか。この先一体どうすればいいのか。
「いやあ、実は先日仕事を辞めまして。それで実家に帰ってきたんです」
余計な詮索をされるのも、嘘で体裁を取り繕うのも面倒で私はそう答えた。今の私に見栄などあってないようなものだ。
「そう、それはよかったわね」
女性は鈴の鳴るような声で言った。
それはよかったわね?この年齢で次の仕事のあてもなく、無計画に仕事を辞めることが良いことなはずはないだろう。
「お恥ずかしい話ですが、次の仕事が決まっているわけでも、やりたいことがあって仕事を辞めたわけでもないんです。私はこんなものだから、妻も子供もおりませんで、いい歳して行き当たりばったりで、困っちゃいますねアハハ……」
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