終わりが始まった朝

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終わりが始まった朝

 中学校の卒業式の当日は雨だった。その夜は酷い嵐で雷が鳴っていた。何かが飛ばされているのか当たっているのか、うるさい音の中で眠ると次の晴れた朝、世界は狂っていた。  私は向かいのおばさんの悲鳴で目が覚め、何があったのかとベランダに出た。下を見ると変な猫が人の言葉を話し、おばさんにご飯をねだっている。空を見上げるとペガサスが駆けて行く。その背にはいつか本で読んだ騎士が乗っている。 下の階からお父さんが大きな足音で上がって来るのが聞こえ、乱暴に部屋の戸が開けられる。 「戸を閉めろ!」  怒鳴ったお父さんはダンボール箱を抱えていて、そこに私の大切な本を見境なくバサバサと詰めていく。 「ちょっと!」 「これを見ろ」  差し出されたお父さんの仕事用のスマホを受け取ると、画面にはニュースが表示されている。 「それよりも、本! 止めてよ」 「それを読んだら分かる」 「分かったよ。読むから丁寧に扱ってよね!」  ニュースには『現代に蘇った百鬼夜行』と書かれている。内容は昨日の夜から起きている怪奇現象についてだ。  とある小説で有名な大怪盗が夜の図書館に突然現れ、雷のような声で咆哮したのは龍、あるいはドラゴン。小人たちが通勤ラッシュの道路を横断し、ゴブリンが森で暴れていると書いてある。それらは全て物語の登場人物たちで、彼らがいたはずの本を開くと名前の所だけ字が波のように揺らめいて読めなくなっている。これは主流が電子書籍へと移行しつつある事への書物たちの反乱であり、間違いなく現実に起こっている事なのだと結んである。  私はもう一度、外を見た。 「開けるなよ」 「うん……」  自分の目で見たのでなければ信じられなかった。でも無口で何事にも動じない真面目な公務員のお父さんが、娘の大好きな本たちを敵でも見るような目で段ボールに詰めている。 「その本、どうするの?」 「何があるか分からないから燃やすなと連絡が来ている。市役所へ集めてから纏めて神社に持って行く事になるだろうな」  人間は脆いもので、常識という道から外れた途端に身動きどころか頭も手足の先さえも動かなくなってしまう。
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