10人が本棚に入れています
本棚に追加
その日もAは先輩たちが仕入れてきた高級住宅地の名簿と睨めっこしながら、電話をかけ続けていた。
「もしもし? はじめまして、小島さまですか。○○不動産と申しますが……あっ」
知らない不動産屋から電話が来るわけだから、大抵はさっさと切られるのがお決まりらしい。ため息をついて、Aはリストにある次の家に視線を落とした。
「次は、斉木って家か。あーあ、今度こそ契約とりたいなぁ」
番号を押し、コール音がなる。四回目で相手が出て「あの……」としわがれたばあさんのような声が聞こえたという。
「もしもし、斉木さまでしょうか? わたくしAB不動産の者ですが、斉木さまに不動産の投資のご案内を」
「……あの子は、いつ帰ってくるんでしょうか?」
「えっ?」
Aの話をさえぎるようにして、老婆のものと思われる絞り出したような声がした。
あの子は、いつ帰ってくる? Aは訳もわからず仕切り直しを試みたと言った。
「斉木さま、ただいまわたくしどもはマンション投資のご案内をしておりまして。節税などにも利用できるマンションの購入などにご興味は」
「あの子は、いつ帰ってくるんでしょうか?」
先ほどよりも深く沈んだ声で、言葉が繰り返された。
名簿に目を向けると、どうやらここにはばあさんが一人で住んでいたらしい。
「ええっと、あの子と言いますとお子様がお出かけでしょうか。お仕事など?」
「……あの子は、いつ帰ってくるんでしょうか?」
虚ろな細い声は、いつしか少しずつ力を帯びてきているように思えたという。
「その、私にはちょっとお子様のお帰りはわかりかねますが」
「あの子は、いつ帰ってくるんですか?」
通話口にぴったりと口を寄せてしゃべっているのだろうか。まるで耳元で言われたようなまとわりつく声に、Aは思わずぶるりと身を震わせた。
最初のコメントを投稿しよう!