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「あの子は……」
「すいません、失礼いたします」
なおも続く不気味な言葉から耳を離し、受話器を電話の本体に戻す。
「まったく、なんだったんだよアレ。まあいいや、次の場所は……」
Aが気持ちを切り替えて次の家に電話をかけようとしたとき、目の前の電話がプルルルル、と着信を告げる。
おや、と思い番号を確認すると、あの不気味な老婆――さっきまで話していた斉木という家の電話番号であったそうだ。
「おいおい、マジかよ……」
面倒くさいやつに絡まれてしまったかもしれない。Aはため息をついて受話器を取った。
「もしもし、こちらAB不動産です」
「……あの子は、いつ帰ってくるんでしょうか?」
「マンション投資のお電話を差し上げただけですので、お子様のことはわかりかねます」
「あの子は、いつ帰ってくるんでしょうか?」
「失礼いたします」
まったくもって話にならなかったという。
Aはさっさと通話を切って、やれやれと大袈裟に文句をこぼした。まだあの気味の悪い声がまとわりついているようで、どうにも落ち着かなかった。
そのとき、再び目の前の電話が鳴った。
着信番号も同じ、斉木という家のものだ。
「何を考えているんだよ、あのばあさんは」
Aは電話を無視することに決め、机のうえに肘を乗せてぼんやりと音が鳴りやむのを待った。しかし、電話は止まることなく着信のコールを鳴らし続けている。
「しつこいんだよ、くそ」
受話器を一瞬あげて、すぐに本体に戻す。
せまいオフィスに静寂がもどる。しかし、すぐにまた耳障りな着信の音が鳴り響いた。
これだけ立て続けに電話をかけられては、着信拒否にする時間さえとれない。
「これじゃ、仕事にならないな。あ、そうだ」
Aは思い立って、固定電話の電話線を抜くことにしたらしい。
プルル……となっていた電話の音が途切れ、今度こそ静かな時間が訪れる。
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