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「さてどうしたものかな。三十分も抜いておけば、あのばあさんも諦めてくれるだろう。はぁ、時間を無駄にしてしまうな」
うんざりしたAは、コーヒーをいれようとオフィスの隅の電気ポットに向かった。
すると、背後でプルルルル……と電話の鳴る音がした。
「おいおい、ウソだろ……」
もう一度確認したが、間違いなく電話線は抜けている。
今、会社の電話が鳴るはずがない。
しかし――
現に今、Aの目の前で電話が着信を告げるコール音を鳴らしていた。
着信番号は、さっきと同じ――ばあさんの家の番号だった。
「バカな、あり得ないだろこんなの」
Aは恐る恐る、へっぴり腰になりながら電話に近づいていく。鳴るはずがない電話は、今もなおコール音を響かせていた。それ以外、どこも変わった様子は見られない。
「どうすればいいんだよ……」
何かの故障だろうか。繰り返されるコール音に、頭が痛くなってくる。鼓動がはやくなって、全身が冷たい雨に打たれたみたいに冷え、嫌な汗がAの背筋をつたった。
今すぐ電話機を壁に投げつけてしまいたい。
しかし、そんなことをすれば会社の怖い人たちにこっぴどく叱られるだろう。
電話の音に限界を感じたAは、受話器をほんの少しだけ浮かせ、また本体に戻すことにしたそうだ。それは恐ろしいことのような気がしたけど、この音を止めないと頭がどうにかなりそうだったと呟いていた。
震える手を受話器に伸ばす。
ほんの一瞬、受話器を持ち上げる。
その瞬間、耳元で老婆の声がした。
「あの子を返して。返して、返して返して返して。返せ返せ返せ返せ!」
「ひっ!?」
老婆の声に息を飲み、Aは自分が膝から崩れ落ちていくのを感じた。
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