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「愛って、なんですか」
ガタン、ゴトンと転動音が響く列車の中、少女は前の座席に足を組んで座る男に言葉を発した。
「愛、ですか」
漆黒色の妙にクラウンの長いハット帽に同色の燕尾服。首元には赤色の蝶ネクタイに先の尖りが目立つ艶のある革靴。一見、手品師や怪盗のように思える服装だが、仮面を被るその男はあまりに胡散臭すぎる。
さらに男が胡散臭く思える理由は幾つかあった。
極端に言うと、この列車は空を走っている。窓から窺える夜空や、きっと高所であろうビルを見下ろせるのが空を走っているのを事実としている。それが現実味を失い、且つ男の胡散臭さを増した。
初めから信用に値しない男だと思っている少女は特別気にすることはなく、男からの返答を待つ。
男は顎に手をあて俯き、しばらく考えた素振りを見せた後にパッと顔をあげた。
「貴方は愛を何と考えるのです?」
「…知らないから、あなたの答えを待っているのです」
少女は呆れたように言う。
「残念ながら私は、愛は確固たる意味を持っていないと考えています」
「では、あなたも"愛は人それぞれ"と言うのですか?」
少女は興味をぶつけている、とも取れる前傾から背もたれに寄りかかり、顎を引いた。それは男からしても興味を無くしたと分かる仕草だった。
少女からしたら、その発想は下らないとしか言いようがない。愛に困る人が幾億いるにも関わらず固定された認識が無いのはおかしいだろう。もう何億年も前から、愛は存在し続けているのに。
「いいえ、私は知者(ソフィスト)のような見方をしていません。ですので、一緒に考えましょう」
「…はい」
そこでまた、少女の姿勢が前傾へと変わった。
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