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「母親に愛だと言われ、左目を潰されました。これは愛ですか?」
「なるほど、道理で貴方の目は紫色に変色しているのですね」
「父親に愛だと言われ、凌辱されました。これは愛ですか?」
「なるほど、道理で貴方は独特な匂いがするのですね」
「兄に愛だと言われ、熱されたアイロンを押し付けられました。これは愛ですか?」
「なるほど、道理で貴方の肌は爛れているのですね」
「私は、私の首を刃物で切りました。これは愛ですか?」
「なるほど、道理で貴方の首は血が滴り落ちているのですね」
そこでようやく、少女は言葉を止めた。次に目を押さえ、腕を鼻に当て、爛れた肌を触れ、滴り落ちる血を眺めた。
「貴方は苦しんでいると言いましたね。では、貴方は愛は苦しいものだと考えるのですか?」
「私の人生に愛があったのなら、そうだと考えます。それ以外には何もなかったので」
「なるほど」
男は小さく頷いた。しかし何か答えが見つかったような素振りも無い。
足を組みなおし、ただ考え続ける男を眼前に少女は俯いた。
やはりこの男は愛の本質を知らないのだ。知っているように見えて知らない他の誰かと同じ存在。
まるで左目を潰した母親のように、まるで凌辱する父親のように、まるで肌を焼く兄のように、ただひたすら"愛"の本質を知らずに愛と言うだけの存在。
諦めがついて少女は立ち去ろうとした。
「…"愛の反対は憎しみではなく無関心である。"アグネサ/アンティゴナ・ゴンジャ・ボヤジ、別名マザー・テレサより」
何も発さないように思えた男から唐突にそう発せられ、少女は少しだけ浮いた腰を落とした。
諦めはついていたが男がまだ話をしようとしているのだ。自分だけが勝手に諦めて、もし本質を知れないようなものならそれこそ最悪である。
「この発言についてどう思いますか?」
少女は頭の中で何度もその言葉を繰り返し、意味と真意を探る。言葉通りのそれに反論は何も思い浮かばない。なんせ少女の頭の中では憎しみと愛の違いでさえ分からないのだ。
「無きにしも非ず、ですね。愛の反対が無関心であっても、おかしくないと思います」
「では、この考えでいきましょう」
可能性の話になるが、少女はそれに異論は無い。可能性の話でさえ、追わなくてはいけないほど愛とは分かりにくいものだと理解しているからだ。
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