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「それでも私は、"愛は人それぞれ"とは思わない」
「……………え?」
男の声に少女は顔をあげた。耳を澄ましてなければ消えていってしまいそうなほどに小さく、掠れた声。少女は涙を流しながら、呆けた顔で男を見つめた。
「私は愛をいいものだと考えています。愛という話が出た時に、真っ先に出るのは温もりのある話ばかりですから」
男は初めて少女に自分の考えを伝えている。自然と少女は耳を塞いでいた手を離し、震える体のままその言葉を聞き入れようとしていた。
「時として愛を主張して命を殺める愚者がいます。もちろん、彼は裁かれてしまう。それは"愛は人それぞれ"ならおかしい話でしょう」
世界には様々な人間がいる。それは普通の人間であったり、多少異常を持つ人間であったりもする。そして、その中に愛と称して命を殺める人間もいる。
"愛は人それぞれ"なら裁かれる事実はおかしいのだ。
「愛とは主観的なものではないのだと思います」
男はそういうと、少女の頬の流れる涙を手で拭い、少女の手を引いた。少女は男に引っ張られ、自らの足で立ち上がる。
「では…、どういうものですか?」
これが最後の質問だろう、と感じ取った男は仮面の下で小さく笑い、少女を見つめる。少女も最後だと感じ取ったのか、まだ流れ滴る涙を薄汚れた服で拭き取り、正対した。
最後の返答。男は誠実な声色で一言告げた。
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